MMTの教祖の日本経済分析は落第点

MMTの教祖の一人Randall Wrayが先月のワーキングペーパーで日本経済を分析しているが、知識不足と分析力の低さを示すことになっている。

MMTerがMMTの正しさを論証する方法として多用するのが、主流派経済学では想定外の現象がMMTでは説明できるというもので、このWPでは日本の国債残高が激増する一方で国債金利とインフレ率がゼロ近辺に低下したことが挙げられている。

We also argue that Japan is the perfect case for demonstrating that all of mainstream theory concerning sovereign budgeting is wrong: deficits need not lead to high inflation, sovereign governments cannot be forced to default on their debt, and the interest rate on government bonds is largely a policy variable under the central bank’s control. The Japanese experience with relatively high deficits and debt validates MMT’s core arguments concerning sovereign deficits and debt—largely unwittingly and because of Japan’s failure to follow MMT policy recommendations.

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主流派経済学の予測が外れたのは「財政赤字→公的需要増加→総需要が総供給を大幅に超過」と想定していたからだが、日本では国債増発は主として支出拡大ではなく税収不足の穴埋めのためだったので、総需要の増加はクラウディングアウトを引き起こすには程遠く、インフレが昂進しなくて当然だった。

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金利を上昇させるリスクは信用リスクとインフレリスクだが、国は確実な収入源(←徴税権)がある永続的存在なので、債務の額にかかわらず、平時は信用リスクはゼロとみなせる。従って、インフレリスクが低ければ国債金利が高騰する理由はない。

国債累増の一方でインフレ率と金利が低下したことはMMTでなくても簡単に説明できるので、MMTの正しさの論拠にはならない。MMTerは債券市場や短期金融市場の実務派にとっては常識的なことを、自分たちの洞察だけのように誇大宣伝している。

虚偽の説明も散見される。

As MMT maintains, interest rates are a policy variable, so debt service can be kept low by policy—if desired.
We conclude that the BOJ’s rate policy is the main driver of the debt service ratio, since interest rates on government bonds track the BOJ rate.

QQEとyield curve controlの時期を除くと、日本銀行は長期国債の金利を国債市場に任せている。WPでは長期国債金利が日銀の政策金利に追随していることを「日銀が決めている」と解釈しているが、長期金利の低下も政策金利の低下も実体経済の勢いと資金需要の弱さ(→インフレ率低下)に応答したものなので、その解釈は妥当ではない。

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「セーフティネットが不十分→家計貯蓄率が高くなる→経済成長を抑制」との分析も疑わしい。

This could be particularly important for Japan given the aging population and a relatively weak public safety net—which promotes high personal saving rates that depress growth.

諸外国に比べてセーフティネットが不十分とまでは言い難い上に、家計貯蓄率が高かったのは20年以上前の話である。Wrayは日本経済に関する知識がアップデートされていないらしい。

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低成長と国債累増の原因分析も出来ていない。日本経済は「就業保証プログラム(JGP)でセーフティネットを強化→民間部門の不確実性が低下・信頼感が上昇→民間部門の予備的貯蓄が減少→安定軌道に回帰」などという単純な状態ではない。

We conclude that Japan’s relative high deficits over the past few decades are largely achieved in the ugly way and result from low economic growth.
As growth slows, the private sector may try to increase its surplus (due to rising uncertainty about the economy). Domestic recession could increase the current account surplus (as imports fall), but the net impact will likely be a larger government budget deficit (resulting in the ugly way due to slow growth). We could summarize that using Keynesian terminology as a rising leakage to saving that produces a bigger government deficit to counter the leakage. However, as a recovery begins, the fiscal deficit will fall if the domestic private surpluses decline due to rising confidence.

2002年頃に企業のバランスシート調整が終わった後も国債累増が止まらないのは、景気拡大期にも企業が資金余剰を続けているためであり、その根本には、大企業が国内を優先する「国民経済」のシステムから、内外無差別の「トランスナショナルな経済的枠組み」に移行したことがある。

「国民経済」の日本型システムが崩壊するということは、原型としての国内に構築されたフルセット産業構造の崩壊(トランスナショナルな経済圏における水平的分業への移行)のみならず、各企業集団ごとのワンセット系列支配の崩壊をも意味している。
大企業をはじめとした企業の各経営者は、彼らにとってのグローバル化の重要性をすばやく理解した。すなわち、中国、アメリカ、そして現在ではヨーロッパにおいて、直接投資が増加したということである。世界第二位の経済大国である日本は、市場を求めて、あるいは、自国に欠けている製品やテクノロジーを求めて、経済の開放という切り札を用いたのである。

「トランスナショナルな経済的枠組み」においてグローバル投資家(株主)が要求する投資収益率を達成するためには、潜在成長率が低い日本国内では支出を抑制して、捻出した内部資金を潜在成長率が高い国に投資することが効率的になる。

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MMTでは経済システムをこの図のように表現するが、TAXES以外にも企業を通じたDRAINがあることをWrayのWPは見落としている。

日本経済の根本問題は「水不足」ではなく、株主の要求を満たせる投資先の不足であり、JGPでは解決できない。政府が注水しても海外に漏れるか国内に溜まるだけである(⇩)。

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この一文は企業部門の資金余剰を肯定していると読めるが、民間投資の不足と低成長を肯定していることになる。

It is normally prudent for the private sector to run a surplus—to avoid financial fragility as saving and accumulated financial wealth in the private sector provides security for households and firms.

MMTでは失業とインフレは問題だが、財政赤字と低成長は問題とされないので、コロナ不況前の日本経済は理想的状態だったことになる。そのような歪んだ「レンズ」を通したWrayの日本経済分析がピンボケになるのは必然と言える。

付録

日本経済の構造変化はこれ(⇩)と似ている。

「フットボールで起こった最も重要な変化だね。だが、スペイン人にとっては侮辱的なことだった。成果を挙げるかどうかにかかわらず国外から選手たちがやって来て、仕事を奪われたのだから」
ボスマン判決の前には、欧州のクラブがたとえフランスの才能を欲しようとも、外国人を3人までしかピッチに並べることができず、そこには安定が存在していたのである。また、そのような状況は代表チームにも良い影響を与えていた。
突然ではなく漸進的なものだったが、ボスマン・ルールはこのスポーツにおける自然な流れというものを断ち切ってしまった。育成を基盤とするところを主として、貧乏クラブはさらなる貧困に喘ぐことなり、裕福なクラブはより金持ちになっていった。

「国民経済」の時代には、企業間競争が労働者の育成→労働生産性上昇→賃金上昇につながる安定が存在して国全体にも良い影響を与えていたが、グローバル化はこの経済における自然な流れというものを断ち切ってしまった

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