MMT信者の「超大きな政府」幻想

昨日のステファニー・ケルトンについての記事と大筋では同内容だが、書いたのはこちらが先である。先の記事はショート・バージョン、こちらはロング・バージョンになる。

MMTは現実ではなく虚構の制度の理論

「私の肩書はSF作家であり、経済学に関しては門外漢だが」と書いている通りで、MMTの誘導にまんまと引っ掛かっている。

冤罪を防ぐためには検察側の言い分だけを聞いてはいけないように、MMTerの言い分だけを聞いて経済の仕組みが分かった気になるのは危険である。現行制度のメカニズムを正しく理解すれば、MMTが説明しているのが現実には存在しない虚構の制度であることが分かってくる。

デフレは続いていない

まず、データで確認できるところから始める。

私たちにとってはデフレが日常だが、そもそもそのこと自体が異常事態なのである。私たちはデフレに慣れすぎており、政府によってそれが当たり前だと思い込まされているが、ステファニー・ケルトンに言わせればそれは、「アメリカが一九三〇年代の大恐慌のときに陥った」「珍しい状況」なのである。私たち日本人は、大恐慌なみの異常事態の中を、過去三〇年にもわたって生かされ続け、そしてそれを――不思議なことにインフレを恐れながら――受け入れ続けているのだ。

直近はコロナショックのためにCPIはやや下落しているものの、デフレから脱却してから7年以上経過しているので日常ではない。CPIの下落は小休止期間を含めても1999年後半~2013年初の約13年間なので、30年間も続いていない。

画像4

日本のデフレと大恐慌のデフレは全く質が違うことも明らかである。

画像1

画像3

給料が上がらない理由

しかし多くの人には金がない。それではなぜ金がないか。簡単なことだ。給料が上がらないのに税金が上がっているからだ。それではなぜ給料が上がらないか、雇用に回すだけの金が政府にないからだ。それではなぜ税金が上がっているのか、政府に金がないからだ。それではなぜ政府に金がないのか、それは、政府が金を刷らないからだ。

これは完全な間違いではないが、重要なことを見逃している。「多くの人には金がない」のは、世の中の金の総量が不足しているからではなく、偏在しているから、つまりは分配の問題である。

画像6

日本は公的部門よりも民間部門での雇用が多いので、給料が上がらない主因は「金が政府にないから」ではなく、企業が給料を上げないからである。企業が給料を上げないのは業績が悪くて上げられないからではなく、株主利益の最大化を優先しているからである。

日本企業の性格はこの10年間で本当に変わったと思います。・・・・・・もっとも端的にいえば、経営者マインドにおける経営目標の優先順位の変化です。15年前だったら、株価の維持よりも従業員の待遇をよくすることが、ずっと重要に思われていました。今はその逆なのです。
賃金が上昇しないのは、経営者マインドの変化、すなわち株主への奉仕を優先目標にしてきたことに起因しています。

(⇧原著の刊行は2004年なので、「15年前」は1989年になる。)

画像4

画像2

画像7

公的部門の給料が上がらないのも、国民が株主気分になって公務員の賃下げを大歓迎したことが関係している。官民挙げて支出と所得の削減の努力を続けてきたのがこの四半世紀である。

MMTに洗脳されると、給料や需要の不足はすべて「政府が金を刷らないから」になるので、構造問題の重要性を認識できなくなる。

政府は金を刷っていない

金は政府によって刷られることで初めて生まれ、それから市場を流れ始める。市場は金を刷ることができない。市場は金が刷られるのを待つことしかできない。一方政府は金を刷ることができる。政府は金を無限に刷ることができる。ステファニー・ケルトンは本書を通し、あなたにそのように語りかける。政府はどれだけ金を刷っても破綻することはない。

「政府は金を刷ることができる」が現実には刷っていない(少額の貨幣を除く)。政府は金を刷り過ぎたり借り過ぎると破綻する。MMTの根本的な誤りである。

歴史上、通貨・財政システムには、政府または政府に従属した中央銀行が通貨(sovereing money)を発行して財政支出に充てるシステムSと、政府は民間銀行が発行した通貨(private money)を独立した中央銀行が発行する通貨に換えて調達して財政支出に充てるシステムPの二種類がある。

MMTは現行制度はシステムSだとしているが、そうではなくシステムPである。システムSでは政府は金を無限に刷って支出できるので、放漫財政の歯止めが効かなくなり、最終的には猛烈なインフレと経済の大混乱を招く危険性が極めて高いことが歴史の教訓として得られている(21世紀ではジンバブエ)。一方、民間から通貨を調達するシステムPでは、予想インフレ率が上昇すると借入金利も上昇するので、財政支出に自動的にブレーキがかかる。システムの安全性ではリミッターが無いSよりも有るPが優れているので、現在ではシステムPが世界標準になっている。

通貨主権を持つ国家も財政破綻する

MMTはこう答える。「財政赤字がいくらになろうが、どれだけ続こうが、通貨主権を持つ国家が破綻することはない」

猛烈なインフレと経済の大混乱を鎮めるためには財政を引き締める必要がある。それまでの財政スタンスは持続不能ということで、それが財政破綻である。通貨主権を持つ国家は元利払いが滞るデフォルトはしなくても、財政破綻することはあり得る。

通貨の過剰供給を防ぐ仕組み

MMTは金はいくらでも刷れる(財源は絶対に尽きない)ので制約ではなく、本当の制約は実物資源にあると主張する。

あなたが本書を手に取るとき、最初にあなたの両目に次の文字列が映り込む。
「財源は絶対に尽きない。足りないのは想像力、ビジョン、勇気である」(帯文抜粋)
問題の本質は財政などでは絶対になく、財やサービスなど、経済の中を流れる「実物資源」そのものである、とステファニー・ケルトンは喝破する。
実物資源とは、言うまでもなく、水や、火や、食料や、医療物資や、そのほか人が生物として生きるために必要な諸々の資源である。

実物資源がフルに経済活動に投入されてインフレが加速する直前が財政赤字の限度になる。

「政府が一切税金を徴収せず、支出した金額をすべて非政府部門のバケツに残す、という極端なシナリオを考えてみよう。それは湯船の栓を閉じるようなもので、私たちのバケツには政府支出がすべて残る。まもなく湯船はあふれ、経済は過熱する。バケツにはお金があふれ、すぐに物価が上昇し始める。適正な赤字の規模とは、経済がインフレ率の上昇をともなわず順調に推移するのを支えるのにちょうど良い量だ」

この主張は論理的には通っているが、システムSの欠点は、インフレ率をbackward-lookingするために、政策変更が後手に回ってしまうことである。財政政策は金融政策に比べて機敏な変更が難しいことも欠点である。

一方、現行のシステムPでは、国債金利が予想インフレ率を織り込むので、forward-lookingでpreemptiveな金融政策が可能になる。実物資源の限界が近づくと金利が高騰して政府の資金調達が困難化するが、これは実物資源の制約を資金調達の制約に置き換えていることを意味する。MMTerは現行制度はありもしない財源制約に怯えて本当の制約が実物資源であることを理解していないように批判するが、ストローマン論法である。

国債発行の限度

もっとも、現実のシステムPの運用については、この批判は当たっている。

ケルトンは現状を一つの比喩にまとめてこう言っている。
「要するに私たちは、天井高が二五〇センチもある家の中を、ずっと背中を丸めて歩きまわる一八〇センチの男のように経済を運営しているのだ」

政府は永続的存在(going concern)で、徴税権に支えられた安定収入があるので、利払いが続く限り、借り換えを繰り返して国債の完済を先送りできる。安定制御が必要なのはフローの金利と利払費(の対税収比や対GDP比)で、ストックの国債残高ではない。

画像8

しかし、現実には国債残高の対GDP比の抑制が政策目標にされることが多く、そのために国債金利が低水準でも増税や歳出削減が行われることが珍しくない。これについては主流派学者もようやく方向転換しつつある。

日本経済はMMTの正しさを証明していない

MMTが描写するシステムSが現実のものではないことや、日本はデフレではないことは既に述べたが、財政赤字が続いても高インフレになっていないこともシステムPの論理で説明できる。日本経済はMMTが正しいことを証明していない。

日本は既に、MMTの中に片足をつっこんでいる。事実としてのMMTに対して反論することは、端的に論理が誤っている。日本経済は歴史的に、MMTが正しいことを証明している。
そもそもの話として、日本は財政赤字を続けていても、インフレにはなっておらず、それどころか長らくデフレが続いている。

MMTでも「税は財源」

「通貨を投入しまくること」は結構だが、一人あたり月14万円程度のベーシックインカムは年間200兆円になるので、インフレ抑制のためにほぼ同額を回収する大増税が必要になる。

要するに、社会課題が生まれている分野にとにかく通貨を投入しまくることが重要なのだ。私は本書を読み終えて、冗談抜きでそんなことを考え始めている。

通貨の投入によって経済のGDPギャップが埋まり、完全雇用が実現すれば、それ以降の通貨の投入は同額の回収=増税を必要とする。これをMMTのレンズを外して見れば、新たな財政支出には新たな税財源が必要という現在の常識そのものである。GDPギャップを国債発行→資金調達→財政支出で埋めることもケインズ以来の常識である。

MMTはこれまでの常識を意外性のあるレトリックで言い換えているに過ぎない。

MMTは左派イデオロギー

このSF作家は最後には「超大きな政府」を求めるようになっているが、これがMMTのイデオローグたちの狙いである。MMTはマルクス主義→新左翼→Progressiveの系譜のイデオロギーなので、国家が正しい支出によって経済社会を方向付けることが重視される。通貨発行と金利を政府が直接にコントロールするのはそのためである。第二次大戦中の長短金利のコントロールを理想としていることに注意。

MMTの政策の核が失業者をゼロにするためのJob Guarantee Program(→国家総動員)であることや、労働が通貨価値を裏付けるとしていることにもマルクス主義の影響が見られる。MMTは「今度こそ社会主義を成功させる」ための経済理論なのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?