中野流MMTは偽MMT

富国と強兵』で現代貨幣理論(MMT)を紹介してから、その伝道者のように振舞っている中野剛志だが、監修したこの本👇の終章は、その本質を全く理解していないことを示している。MMTに対する誤解をこれ以上広めないためにも、中野は自説がMMTではないことを認識するべきである(できるとは思えないが)。

中野流の偽MMTに基づき、財政赤字・支出拡大による日本経済再生に貢献した主人公が、バブル再燃とインフレ加速の懸念が強まってきた2043年に、高橋是清のように不人気な財政引き締めに方向転換する覚悟を固めたところで同書は終わるが、問題はその考え方である。これではMMTの教祖たちが批判する新自由主義のサッチャーやレーガンと大差ない。

「はっきり言えば、今の世の中、ちょっとおかしくなってきている。労働組合の力が強くなって経営者は委縮してるし、多くなり過ぎた役人は仕事を持て余して遊んでるし。業者と癒着して、公共事業の利権にあやかる政治家も後を絶たない。国民は手厚い社会保障のもとで、キリギリスのように人生を謳歌している」
「道徳的な話をしてるんじゃないのよ。これは経済理論に則ったこと。かつてわたしたちが行っていた政策――産業や労働者を保護して競争を抑制したり、グローバル化にブレーキをかけたり、大規模な公共投資を行ったり、減税して社会保障を拡充したり――は、すべてデフレ対策。インフレになった今は、これらとは正反対の政策が必要になるの。つまり、規制を緩和して企業や労働者を競争させ、小さな政府にして公共事業を減らし、増税する。昔と違って、皆十分に体力があるから、耐えられるはずよ。景気の過熱をストップさせるにはこの方法以外ない」

ケインズ経済学では景気循環は所与とされた上で、その損失を小さくするために反循環的なマクロ経済政策が行われる。主人公たちが実施した政策がこれである。

「回復」の初期段階における主要な原動力として、租税を通じての既存所得からの単なる移転ではない、公債によって資金調達された政府支出の購買力の圧倒的な力を、私は強調したい。実際、政府支出に比肩しうるような手段は存在しないのである。
政府主導による大規模な公債支出を強く求める。

しかし、マルクス主義→新左翼の系統のMMTは、反循環的政策を不要にすることを目指している。MMTの問題意識は信用のブーム/バストが生み出す恐慌と失業の克服にあるので、バブルはもちろんのこと、景気対策としての財政出動が必要になるほどの景気変動が生じないように財政政策が運営される。「景気の過熱をストップさせる」必要をなくするのがMMTである。

利潤追求・成長志向の民間主導の経済構造では信用の拡大と収縮、失業の発生は避けられないので、民間部門へのマネー供給の主導権を国家が掌握すると共に、失業者(underemployedを含む)がゼロになるまで公的部門が最低賃金で無制限に雇い入れるJob Guarantee Programを経済運営の根幹に据えることで、景気の振幅を小さくするわけである。

中野はMMTを『富国と強兵』を実現する経済理論と考えているようだが、本来のMMTが目指しているのは「失業と格差の無い(小さい)公正な社会」であり、具体的な施策も大きく異なる。

While MMT is often mistakenly equated with advocating for high deficits, we clarify that MMT does not offer “deficit spending” as a policy tool and that its policy recommendations need not lead to bigger deficits.
MMT sees the budget as a tool for pursuing the public interest—things such as full employment, inclusive and sustainable growth, and greater equality.

繰り返しになるが、中野流MMTは真のMMTとは似て非なるものであり、中野が「MMTでなければ説明できない」と思い込んでいる経済事象のすべてはMMTでなくても説明できる。中野はMMT以外の理論を「天動説」と切り捨てる前に、現行制度の論理構造と金融工学について勉強した方が良い。

付記

小説そのものは予想に反して意外に面白く読めた。ピーター・タスカの『不機嫌な時代』の「大逆転」の未来を「デジタル元禄」に変えるような内容である。

フィクションなので現実と相違しても構わないが、201ページのこの箇所は気になった。

しばらく他愛無い世間話をした後、正章がそのまんま東こと、東国原英夫が、宮城県知事に当選したことに触れた。

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