NYTも記事にした日本の賃金停滞

日本企業が賃上げしないことは先月のNYTでも取り上げられていたが、根本にあるのは「売上高が増えていかない」という確度が高い予想である。

Years of weak growth and moribund inflation rates have left companies little room to raise prices. Without steady, moderate increases in inflation, corporations’ profits — and their workers’ wages — have languished, economists say.
… as expectations of low prices have become entrenched, demand has been weakened by Japan’s aging population and globalization has kept prices down.

人口減少社会ではオーダースーツのように大半の財・サービスの需要の量的拡大が見込めなくなる。企業は収益拡大の見通しが立たなければ固定費の増加は避けるので、賃上げには前向きにならない。

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売上の量が増えなくても価格が持続的に上昇していくのであれば、インフレ率と同率の賃上げは可能だが、日本ではベースアップの慣行が破壊されてベアゼロが普通になってしまったために、賃金と物価が相互作用しながら上がっていくという通念も消えてしまった。

02年3月期決算で、トヨタ自動車は日本の企業史上初めて、連結決算での経常利益が1兆円を超す。
ところがこの年の春闘で、トヨタは「ベースアップ(ベア)ゼロ」に踏み切る。業績絶好調のトヨタのこの決断により、日本企業全体で賃金抑制の流れが一気に広がった。
グローバル競争に勝つために、人件費はできるだけ抑える。利益1兆円が確実なトヨタを率いる奥田氏の強い姿勢は、ほかの企業にも伝播する。それは一つはベアゼロであり、労働の非正規化=非正社員を増やすことであった。
今回、トヨタのベアゼロが明らかになったことで、他の企業の交渉にも影響する可能性がありそうだ。西野委員長は3月11日の会見で、「中小企業などの仲間がトヨタの結果の影響を受けてしまうのではないかと考えると、正直耐えられない気持ちだ」と苦渋の表情を浮かべた。
私は年に一度、物価に関するアンケート調査を行うが、「日銀が2%の物価上昇目標を掲げていることについてどう思うか」と聞くと、多くの人が「とんでもないことだ」という。その理由を深掘りしていくと、「賃金は上がらない」と強く思っていることがわかる。本来は物価も賃金も上がることが普通であるのに、賃金が上がらないという固定観念を持っている状態では物価上昇の話も拒んでしまうのだ。

売上の量は増えず値上げもできない→売上高が増えない→固定費を増やせない→賃上げできない、という構図である。短期のアルバイトや建設現場のようなスポット的な仕事の賃金は人手不足になれば上がっても、固定費になる継続的な雇用の賃金は構造的に上がりにくくなっているわけである。

日本経済にとって深刻なのは、賃金抑制が企業の技術革新・生産性向上のインセンティブを低下させ、この👇「致命的欠陥」を招いたことである。危惧されているDXの遅れも、日本人が「物をいう道具」としては優秀なことと関係している(→現場力依存)。賃金抑制は個々の企業の利益追求と生き残り戦略としては合理的な行動だが、経済全体では日本の取り柄の技術競争力を低下させて先進国からの脱落につながる。

いうまでもなく奴隷制の生産活動には致命的欠陥がある。すなわち近代的設備産業と異なり大規模化による効率上昇(スケール・メリット)が望めないことである。生産工程の高速化、高能率化への研究開発を妨げていたのは、「物をいう道具」の優秀さそれ自身である。少なくとも安価に奴隷が入手し得る限り、ちょっとやそっとの技術革新ぐらいでは奴隷のコストパフォーマンスに太刀打ちできる高性能な代替物(機械や家畜など)を提供できるわけがなかった。わが国においても昭和四十年代の中期に人手不足と賃銀上昇が起こって初めて、自動化、省力化、無人化技術が急速に普及したという経緯がある。いずれにせよ本格的な機械の導入はローマ時代よりはるかに下った十九世紀の産業革命まで待たねばならない。

人口減少&グローバリゼーションの下で個々の企業が利益追求(主にグローバル企業)と生き残り(主にローカル企業)の行動を強めると、アダム・スミスとは逆に、マクロでは縮小均衡圧力として作用して経済は成長ではなく衰弱に向かう。「成長しない」という予想が前倒しで現実化する。

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補足

賃金抑制に対応するのは企業利益(→配当と内部留保)の激増であって消費税率引き上げではないので間違えないように。消費税率⤴が賃金⤵を招くという直接的なメカニズムも現実には存在していない。

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