銀行が現金を貸す場合/銀行が国債を買う場合

まず、銀行が現金を貸す場合について考える。

ワイス たくさんありますよ。たとえば、2005年8月、ハリケーン・カトリーナがミシシッピ州を襲ったとき、ハンコック銀行(ミシシッピ州を代表する金融機関の1つ)が示したリーダーシップはとてもよい事例でしょう。
ハンコック銀行は、ハリケーンの被害を受けた地元住民のために、すぐに仮設の店舗を開き、手書きの借用書と引き換えに現金を貸し出しました。生活を立て直すにも、現金は手元にないし、銀行カードがどこにあるかもわからない。そういう人々のために、顧客であるなしにかかわらず、その場で現金を貸すことにしたのです。
Hancock Bank famously gave out $42 million in cash so that locals could start rebuilding. No account information was necessary; Hancock gave out tens of millions of dollars to people who had no proven connection to the bank with only hand-scrawled IOUs for documentation. (The loyalty was repaid; of that money, only $200,000 didn’t come back.)

この取引を図示すると下のようになる。✚の左右が資産と負債、上下は増加と減少を表す。

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ドル札はハンコック銀行ではなく、アメリカの中央銀行のFedが発行したものである。では、「被災者の本当の借入先はハンコック銀行ではなくFed」あるいは「ハンコック銀行はFed発行の現金を被災者に又貸ししただけ」なのかと言えばそうではない。

平時であれば、まずハンコック銀行が預金を発行して貸し出し(②)、続いて借り手が銀行から現金を引き出す(③)。②と③の結果が①になる。マネーストック(市中の現預金)は②で増えるが③では不変である。

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②と③を短絡させた取引が①なので、被災者に貸したのはFedではなくハンコック銀行である。被災者が入手したのはFed発行の現金だが、ハンコック銀行が又貸ししたものではなく、ハンコック銀行発行の預金と交換されたものということになる。つまり、①にはハンコック銀行の預金発行が含意されている。非銀行が現金を貸してもマネーストックは増えないが、銀行が貸すと増えるのは、預金発行の無有のためである。

次に、銀行が政府から新発国債を買う場合を考える。取引を図示するとこのようになる。

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見ての通りで、

被災者→政府
借用書→国債
現金→中銀預金(ペーパーとペーパーレスの違い)

と置き換えれば①と同じになる。従って、➊は「銀行が預金を発行して政府に貸す→政府が銀行から中銀預金を"引き出す"」を短絡したものとみなせる。①では被災者が銀行の仮設店舗で直接現金を受け取ったが、➊では中央銀行にある銀行の口座から政府の口座に中銀預金が振り替えられる。銀行は自行に預金口座が無い相手にも貸せることがポイントである。

①と➊の相違点は、マネーストックが増えるか否かにある。①と②では増えるが、政府預金は定義上マネーストックに含まれないので➊では増えず、政府から民間に支払われた時点で増えることになる。その瞬間だけを見れば「政府支出によってマネーストックが増えた」ようだが、それは木を見て森を見ずで、マネーストックの増加分のルーツは、①と同様の銀行による含意されたmoney creation(預金発行)である。

以上から、反緊縮派に流布する

「国債発行による政府の資金調達と民間銀行の預金は無関係」
「民間銀行の国債購入は財政ファイナンスとほぼ同じ」
「政府は支出することでマネーストックを増やしている」

などの解釈が誤りであることが分かる。

次回は誤解の発生源の一つの『奇跡の経済教室』を検証する。

政府が赤字財政支出をするに当たって国債を発行し、その国債を銀行が購入する場合、銀行は中央銀行に設けられた準備預金を通じて買う。この準備預金は、中央銀行が供給したものであって、銀行が集めた民間預金ではない。そして、政府が財政支出を行うと、支出額と同額の民間預金が生まれる(すなわち、貨幣供給量が増える)のである。
銀行による国債購入というのは、日銀が政府から直接国債を購入して当座預金を供給すること(日銀による政府への信用創造)、いわゆる「財政ファイナンス」とほぼ同じということになります。もっとも、財政ファイナンスは、法律(財政法第五条)により原則禁止とされています。しかし、銀行による国債購入も、結局のところ、日銀が供給した当座預金を通じて行われているのですから、財政ファイナンスも同然でしょう。

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