「負の性欲」・フェミニズム・ネオリベラリズム

「負の性欲」なる言葉を目にしたので、考案者に敬意を表した上で勝手ながら解釈させてもらう。既に別の記事に書いた内容と重なることをお断りしておく。

性欲の正負とは、異性に対して男はネガティブリスト(原則OK)女はポジティブリスト(原則NG)と逆になっていることを意味する。雄は同時期に多数の雌を妊娠させることが可能だが(種馬)、雌は1匹の雄の子しか妊娠できないので、異性選びにおいて雄は質より量、雌は量より質になる。ヒトでも、OKするハードルの高さが女≫男になる。地下アイドルやローカルアイドルがほぼすべて女なのも、そのレベルでもファンになる男が十分に存在するためである。

男性が女性の外見に非現実的な期待を抱いていることは、いわば共通認識のはずだが、私たちのデータが語る現実は違う。いずれにせよ、男性は女性よりはるかに寛容だ。
わかりやすいイメージにたとえてみよう。たとえば評価の対象がIQだとすると、女性は、男性の58%は頭脳に問題ありと思っていることになる。
男性の評価の対象をIQに置き換えると、中央値は「知的機能のボーダーライン」とされる85をほんの少し下回る。
It was determined that the bottom 80% of men (in terms of attractiveness) are competing for the bottom 22% of women and the top 78% of women are competing for the top 20% of men.

女が殺到する少数のハイスペック(top 20%)を除くと、男の大半(bottom 80%)は数を打たないと当たらないので、女に自然に引き付けられてしまうようになっている。猥褻医師や猥褻マッサージ師がほぼ全員男であるのも、異性の体を見たい・触りたいという欲求が男≫女であることを示している。男→女では犯罪になるが、女→男では無料サービスになるところも正反対である。これ(⇩)も、男女逆はまずあり得ない。

ポジティブリストに入っていない男への拒否反応が女の「負の性欲」ということである。「女性だけの街」や「秋葉原ゲットー化」も、負の性欲の表れであることは明らかだろう。男は「男性だけの街」には住みたくない。

男の正の性欲による女の被害は強制猥褻、強姦など肉体的なものなのでわかりやすいが、女の負の性欲による男の「被害」は精神的なものなので認識されにくい。こちら(⇩)の28:53~を参照。

男の自殺が女よりも多い一因は"the probability of rejection is very, very high"である。

先進国社会を破壊する「負の性欲」

男の正の性欲の危険性は誰の目にも明らかだが、女の負の性欲も「NG男を排除する」という「パワー」を持っていることは極めて重要である。このパワーの歯止めが外れて暴走していることが、先進国の経済格差拡大と非婚化・少子化の根底にある。

考えてみたら女は昔からエゴイストだったのではなかろうか。それがいろいろな事情でおさえられてきただけなのだが、そのおさえが、このところはずれただけなのかもしれない。

負の性欲の危険性を著者の意図に反して証明してしまっているのが、三流フェミニズム小説の『パワー』である。

男の性奴隷の命は安いので、虐待して殺しても、利用する側には罪の意識はない。
「子孫を残すために男は必要だが、数が多い必要はない」と男性を間引きする案も女性から出るようになる。
この小説で、パワーを持って暴走し始めた女性が行う行動は、非人道的で、残虐すぎるように思える。女性読者である私にとっても読むのがしんどい部分が多いが、男女を置き換えれば、これらは男性社会が女性に対して実際に行ってきたことなのだ。まったく誇張はない。
なぜ、男女を変えただけで、これほど残酷に感じるのだろうか? そこを読者は考えるべきなのだろう。

「男女を変えただけで、これほど残酷に感じる」のは、「男性社会」はそのような残酷なことを実際に行っていないからである。

男がパワーを持てば、それまでは手が届かなかった女を物にしようとする。男にあるのはハーレム願望つまりは「包摂」であり、女を間引きするという発想は絶対に出てこない

大地にしばりつけられた霊長類である私たち、特に男について、あまり喜べない概念が暗黙のうちに示される。一つは、男にある形質が選択されたため、互いに傷つけ殺し、威嚇し合うようになったこと。二つ目は、傷つけ殺し、威嚇することが誰よりも得意になった男は、その力を使って複数の女をめとり、多くの子孫を残すようになったこと。
アジア人男性1600万人――世界の男性の約0.5%――が、ほぼ同一のY染色体を持っているのだ。これはチンギス・ハンから受け継いだものと遺伝学者は考えており、チンギス・ハンには数百人の妻と側室がいたというのは、有名な話である。

ところが、女がパワーを持つと「女性だけの街」や「秋葉原ゲットー化」のように、それまでは排除できなかった男を排除しようとする。その究極はナチスやクメール・ルージュのように「この世から消す」ことであり、それが女の潜在的欲求である。

男にとっての女の価値:正→増やそうとする
女にとっての男の価値:負→減らそうとする

既にこちらの記事(⇩)に書いているが、日本を代表するフェミニスト学者は数十年前から一貫して劣等な男を死滅させることを公言している。

女遊び』にはこのように(⇩)書いていたが、これと「マザコンは自閉症の原因」などの発言を合わせれば、ナチスとの類似性は明らかである。この学者がフェミニストの代表者であり続けていることは、現代フェミニズムが「そのような考え」つまりは優生思想であることの何よりの証拠と言えよう。一人一派などという言い訳は通用しない。

マザコン男性とその母親が「母子坂、手をとりあって」(宮迫)滅びに向かってくれれば、こんなに平和なことはない。
自然史的・人類史的に言えば、マスターベーションしながら死んでいただければいいと思います。
ギャルゲーでヌキながら、性犯罪を犯さずに、平和に滅びていってくれればいい。そうすれば、ノイズ嫌いでめんどうくさがりやの男を、再生産しないですみますから。
彼らが間違って子どもをつくったらたいへんです。

フェミニストがホモソーシャルを攻撃するのも、劣等な男を排除するためである。ホモソーシャルとは男同士が「互いに傷つけ殺し、威嚇し合う」ことを止めて共存共栄を図るもので、いわば談合のようなものである。これは劣等な男を生き残らせるものなので、フェミニストは目の敵にして自由競争≒殺し合いを強要しているのである。

ヒトの女は他の哺乳類のように単独では子育てできないので、自分と子供の用心棒兼食料調達係として男を取り込んだ。これが女が配偶者選びに稼得能力を重視する根底にあるわけだが、このことは、女に「男を稼得能力で競わせて優勝劣敗を促進したい」がhard-wiredされていることを意味している。女の社会進出とは女のエゴを社会的に正当化することなので、フェミニズムがネオリベラリズムと二人三脚になることは必然なのである。

In a cruel twist of fate, I fear that the movement for women's liberation has become entangled in a dangerous liaison with neoliberal efforts to build a free-market society.
Feminism has also made a second contribution to the neoliberal ethos.

『動物農場』の最後で農場主(→資本家)と豚(→フェミニスト)の見分けがつかなくなったように、十分に発達したフェミニズムはネオリベラリズムと見分けがつかない。女の体は子供を生産する「資本」なので、女が資本家の論理になるのは極めて自然である。

賃金が上がらないといっても、外食せずに家で鍋をつついて、100円レンタルのDVDを見て、ユニクロを着ていれば、十分に生きて行けるし、幸せでしょう?
私が、若い人に1つだけ言いたいのは、「みなさんには貧しくなる自由がある」ということだ。「何もしたくないなら、何もしなくて大いに結構。その代わりに貧しくなるので、貧しさをエンジョイしたらいい。ただ1つだけ、そのときに頑張って成功した人の足を引っ張るな」と。

中野剛志は『富国と強兵』でこのように(⇩)疑問を呈していたが、間違いなくその理由の一つになっているのが社会がfeminizeされたことである。フェミニズムが「男女平等」と誤解されて支持されている限り、ネオリベラリズムも退場することはない。どちらも強者にとって都合がよい思想であることも頑健で退場しない理由である。

この新自由主義というイデオロギーは、その1970年代後半以降の勢力拡大の速度も恐るべきであるが、その頑健さもまた驚くべきものがある。
なぜ、新自由主義は1980年に前後して、かくも急速に台頭し得たのであろうか。しかもその失敗にもかかわらず、なぜ、依然として退場しないのであろうか。

フェミニスト学者も『バックラッシュ!』でこのように断言している。

「男女共同参画社会は、新自由主義的なベクトルとフェミニズムとの妥協の産物だ」というのは、100パーセント正しいと思います。

その帰結(⇩)。

女の負の性欲が暴走すればするほど、女のポジティブリストに入る男と入らない男(≒KKO)の差は拡大するので、ハイスペック男にとってはむしろ好都合になる。世界最高レベルで女のエゴを解放したノルウェーでは、生涯無子になる1/4の男と、時間差一夫多妻を実現する少数の男との二極化が進んでいる。国鉄を分割民営化したら、衰退一直線の北海道と、ドル箱を抱える東海や東日本との差が途方もなく拡大したようなものである。

Norway can, in other words, be a country where many men never father children, even though its fertility rate is high.
What actually happens often is that men who are already fathers get recycled.
Jensen considers herself a strong advocate of gender equality.
Nevertheless, she ascertains that feminism and equal opportunity ideology have had an unequal impact on men and women in Norway.
“Improved rights have made life easier for parents in Norway, but for women in particular.”

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「子どもに食物を与え、世話をやく扶養者」の役割を国家が代行するようになると、女は「一流の遺伝子を与えてくれる恋人」を求めるようになる。女を解放するとは、男をwinner-take-allにすることに他ならない。

現代の女性の心の奥底にも、まったく同じ狩猟採集者の計算高さが潜んでいる。これはあまりにも最近進化したものであるため、現代でもあまり変わっていない。子どもに食物を与え、世話をやく扶養者としての夫を捕まえてやろう、あるいは子どもに一流の遺伝子を与えてくれる恋人を見つけてやろう。両者が同一人物であるとしたら、その女性はとても幸運だといえる。

(上の動画の27:50~も参照)

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社会の平和と安定に男の正の性欲の抑制が必要であるように、女の負の性欲も抑制が必要なのである。抑制できない集団は、抑制できる集団に淘汰されていくだろう。

西洋でフェミニズムの暴走の歯止めになっているのが「ハイスペックではない息子のいる母親」であることも指摘しておく。現代フェミニズムのイデオローグの女に独身や子無しが多いことの裏返しである。

補足①

上の2014年のKilden Newsではノルウェーは出生率が高いとしているが、移民系を除いた合計出生率は2013年の1.8から2018年には1.5に低下して、日本と大差なくなっている。

"Norway needs more children! I don't think I need to tell anyone how this is done," Norway's prime minister Erna Solberg said cheekily, but she was raising a real concern.
Too few babies are being born in the Nordic region.
The Nordic countries once boasted strong fertility rates, but they are now experiencing a decline that could threaten the Scandinavian social welfare model, according to the Norwegian PM.

「北欧のように男女平等を進めれば少子化は解決する」は完全なフェイクニュースである。

補足②

三流フェミニズム小説『パワー』は「男女逆転の復讐ファンタジー」だが、「男は専業主夫、女は炭鉱婦」のような逆転は描かれない。フェミニストが男が何をやっているのかを全く理解していない証拠の一つである。男が女を奴隷的に支配しているのなら、現在の北欧諸国でも労災死の95%が男であることの説明がつかない。

女が本当に男女逆転の世界を望んでいるのであれば、映画『タイタニック』はジャック(ディカプリオ)がローズを海中で凍死させて生き残り、別の女と結婚して子や孫に恵まれ、100歳まで充実した人生を送るストーリーの方がもっとヒットしたはずである。キャメロン監督の失敗作だったのだろうか。

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