商品貨幣と信用貨幣と銀行の役割

貨幣と銀行の役割について考察する。

貨幣には

①価値の単位(尺度)
②価値の保存
③交換の媒体

の三つの機能があるが、まずは価値の単位として「円」が用いられているが、交換の媒体としては用いられていない、つまりは現金や銀行預金が存在しない経済を考える。

春に農家が猟師から10万円相当の肉を買い、秋に収穫した米を10万円分支払うとする(時間差物々交換)。この間、猟師は農家に貸し、農家は猟師に借りがある状態になる。貸借関係を明確化するとともに猟師が取りっぱぐれを防ぐための方法としては、

❶農家が猟師に価値が長期保存される100万円相当の物を質入れする
❷100万円相当の質物との交換を約束した債務証書を猟師に渡す(質物は支払いまで凍結される)

がある。秋に農家が猟師に米を支払う際には、

❶質物が猟師から農家に戻る
❷債務証書が猟師から農家に戻る(質物の凍結は解除される)

となる。

質(担保)にする物を統一して規格化すれば商品貨幣、債務証書は兌換紙幣になる。質物に銀を用いるとすると、❶は春に農家が銀貨10万円で猟師から肉を買い、秋に猟師が農家から銀貨10万円で米を買うことと同じになる。銀貨の代わりに銀兌換紙幣を用いると❷になる。商品貨幣は時間差物々交換に伴う負債の担保から発展したと考えることも可能である。

❶❷の貸借関係は有担保だが、農家の米の収穫と支払が確実だと猟師が判断すれば、無担保で債務証書だけをやり取りすることもあり得る(❸)。債務証書が単なる紙切れではないことを保証するのは❷では金銀などの実在する資産だったが、❸では秋の米の収穫、一般化すると将来の収入になる。

農家の将来の収入が確実で債務不履行になるリスクがゼロ同然であることが社会の共通認識になっていれば、農家の債務証書は信用に裏付けられた貨幣になり得る。しかし、信用リスクがゼロ同然の借り手は現実には例外的なので、信用貨幣を発行できるのは限られた存在だけになる。それがMinskyの“Everyone can create money; the problem is to get it accepted”の意味である。

ハイマン・ミンスキーは、「誰でも貨幣を創造できる。問題はそれを受け取らせることにある」と言った。あなただって、紙切れに「5ドルの債務」と書けばドル建ての「貨幣」を創造できる。問題はそれを誰に受け取らせるかだ。

ここで、ある商人には安定収入と多額の純資産があり、信用リスクが極めて低いことが社会の共通認識になっているとする。商人が10万円の債務証書を発行して農家の10万円の債務証書と交換すれば、猟師は農家から受け取った商人の債務証書を第三者への支払いに用いることができる。

このプロセスでは、商人が農家の信用リスクを引き受けて発行した債務証書が信用貨幣として機能しているが、民間業者が作った貨幣(private money)が安定的に流通するためには、

⑴借り手(この場合は農家)の将来の収入と返済が滞るリスクが低い
⑵貸し手(この場合は商人)に借り手の信用リスクを評価する能力がある
⑶貸し手に貸倒損失を吸収するのに十分な自己資本がある

ことが必要であり、その条件を備えた専門の金融機関として発展したのが銀行(等の預金取扱機関)である。銀行は、借り手の負債(借入金や債券)を支払い手段になる自らの負債(預金)と交換、あるいは借り手の将来の収入という不確実な「資産」を銀行預金という高流動性の資産に変換していることになる。信用リスクを引き受ける対価が金利である。

From an economic viewpoint, commercial banks create private money by transforming an illiquid asset (the borrower’s future ability to repay) into a liquid one (bank deposits)

信用貨幣を発行できるもう一つが政府(国家)である。政府には民間から強制的に集金する権能(徴税権)があるので、信用貨幣の価値の裏付けに必要な将来の収入が不足するリスクはゼロ同然とみなせる。政府の信用貨幣の価値を直接的に裏付けるのは将来の税収、間接的には税源の経済活動になる。

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もっとも、政府が発行する信用貨幣は少額の硬貨以外には流通していない。その理由は、政府には信用リスクは無くても、過剰発行→物価高騰によって貨幣に求められる「価値の保存」の機能を損なうリスクがあるためである。歴史上有名な例がフランス革命期のアシニャ紙幣で、猛烈なインフレで経済を大混乱させた挙句に廃止された。ほぼ同時期のスウェーデンでも、戦費調達のために大量発行された国債が無利子化されて事実上の不換紙幣(rgs)として流通するようになったが、市場では銀兌換紙幣(bco)に対してディスカウントされていた(⇩スウェーデンの中央銀行Riksbankより)。

The note issues from the National Debt Office caused much confusion. The credit notes that were issued on a large scale in the period 1789–1802 were interest-bearing initially but in 1791 this was discontinued and the notes became virtually irredeemable. Once again, Sweden had two currencies. The riksdaler specie from the currency reform began to be called riksdaler banco (bco), and the National Debt Office’s notes riksdaler riksgälds (rgs).

日本でも、西南戦争の戦費調達のために政府が不換紙幣を大量発行したことで激しいインフレが起こり、その回収と日本銀行の設立につながった。

Adam Smith worried about the potential debasement of public money and for good reason. Throughout history, governments would often betray the trust of their citizens be it Henry VIII reducing the precious metal content of his coins during the Tudor era, Pitt the Younger depleting the gold vaults of the Old Lady during the Regency period, or a pliant Reichsbank financing the government in Weimar Germany.
With the wisdom borne from such sad experience, most countries have now settled on centralised, public fiat money backed by robust institutions in order to provide the public with money that is both highly trusted and easy to use.

また、民間銀行と政府の貨幣が並存していると、両者の交換比率が1:1になるとは限らないので、価値の単位や価値の保存の機能が損なわれることも起こり得る。

そこで現在では、政府は貨幣ではなく有利子の債務証券(国債)を発行して、中央銀行を介して民間銀行が発行した預金を利用(実質的に調達)する仕組みが世界標準となっている。非銀行部門が国債を買うと買い手の銀行預金が減少し、政府が民間向けに支出すると支払先の銀行預金が増加する。国債は流動性が高い安全資産だが債券であって貨幣ではないことに注意。日本銀行の統計では国債は広義流動性には含まれるがM3には含まれない。

政府は民間銀行よりも信用リスクが低いので、国債はインフレによる購買力の減価をカバーできる利息を付ければ必ず貨幣と交換できる。国債濫発による貨幣の減価は「予想インフレ率上昇→調達コスト上昇→国債発行にブレーキ」によって防がれる。「借入増加→金利上昇→借入抑制」は民間と同じだが、借入金利を上昇させるリスクは民間では債務不履行のリスク(信用リスク)、政府ではインフレリスクである点が異なる。

国債を「政府紙幣にインフレヘッジのための利息を付けたもの」だとみなせば、日本の国債残高が激増しても金利は歴史的低水準であることを容易に理解できる。財・サービスの需給逼迫によってインフレ率が高騰する予兆がなく、利払費の対税収比も抑制されているためである。政府は形式的には民間から貨幣を借りているが、潜在的には信用貨幣を発行できる存在なので、借入限度は民間よりもはるかに大きいことが重要である。

補足:中央銀行の役割

A銀行が発行する1万円札に本当に1万円の価値があるのかは、A銀行の資産内容を詳しく知ることができない外部者には判断が難しい。そのため、資産の健全性が疑われる銀行が発行する銀行券は、健全行発行の銀行券に対してディスカウントされる可能性がある。

そこで、営利を目的としない第三者の銀行=中央銀行が、A銀行が供出した市場性がある安全資産を裏付けとして新たに銀行券を発行し、A銀行は自行の銀行券ではなく中央銀行から調達した銀行券を出金(預金引き出し)に用いるようになった。A銀行の預金口座から銀行券が引き出される際のバランスシートの変化は下図のようになる。

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かつて米国では、異なる銀行によって発行された銀行券は必ずしも額面どおりに受領されなかった。例えば、シカゴ銀行で発行された銀行券を使ってセントルイス銀行からの借入れを返済しようとしても、額面1ドルにつき75セントの価値しか認められない可能性もあった。
連邦準備制度が創設されたのは、額面どおりの決済を保証するためでもあった。その創設と同時に、民間の銀行券は基本的に廃止に追い込まれた。銀行は預金を使うようになり、銀行間の勘定の決済は、準備預金と呼ばれるFRBの負債を使うようになった。

中央銀行券はA銀行の資産から不純物(リスク資産)を除去して精製された純良なものなので、外部者も額面通りの価値があることを信用できる。

取引額が膨大な銀行⇄銀行や銀行⇄政府の決済を銀行券で行うことは実務上非現実的なので、代わりに帳簿上で処理する準備預金が用いられる。

中央銀行は民間銀行から国債等の安全資産を買い取ったり有担保で貸し出すことで準備預金を発行するが、それによって市中の貨幣量や非銀行部門のバランスシートは拡大しない。資産を非銀行部門から買い取る場合は市中の貨幣量は増加するが、売り手の資産ポートフォリオの構成が変わるだけで、バランスシートは拡大しない。中央銀行は政府に代わって財政支出のための貨幣を発行する銀行ではないので間違えないように。

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