国の資金繰りと中央銀行

MMTの教祖によると、政府が中央銀行に指示して中央銀行の担当者がキーボード操作で市中銀行の口座の残高を増やすだけで、即座に十兆円でも百兆円でも財政支出が可能である。中央銀行がその場で発行したカネが支払先の取引銀行の預金口座に入金されるので、政府は支出のための資金調達を必要としない。

しかし、これは事実ではない、政府も民間企業と同様に資金繰りに苦労していることは、この特集(⇩)を読めばわかる。

補正予算を執行するには、資金調達が必要になる。
しかし、追加で国債を発行し、資金調達するには時間がかかる。3カ月先の7月以降になる見込みだった。それまでの間は、短期的な資金繰りで乗り切るしかない。
補正予算の決定後は、早急に資金が必要となったことから、特別会計(特会)に融通していた資金を返済してもらうことで約40兆円を確保した。それでも合計約57兆6,000億円の補正予算を賄うには不足するため、平成27年の発行以来、5年ぶりとなる財務省証券を6月に発行して補正予算の支出に対応した。

日本の現行制度では、政府は日本銀行が発行する日銀預金(現金と同等)を徴税か借入によって調達して支出する。原則として、政府は日銀預金を日銀から直接借りられないので、日銀預金を調達するためには同額の民間部門の銀行預金の存在が必要になる。政府が直接受け払いするのは日銀預金なので政府支出に銀行預金は不要という誤解があるが、市中銀行の日銀預け金を国庫に振り替えるためには、民間部門が市中銀行に預けている預金を徴税や国債発行によって「動かす」必要がある。

1兆円を国債発行で調達するのであれば、民間部門が「1兆円の国債を買うための1兆円の銀行預金」を支払う必要がある(銀行預金は既発/新発のどちらでもよい)。この1兆円の銀行預金は国債を買うことで一旦消えるが、財政支出によって民間に戻って来る。「国債発行→財政支出」の前後では銀行が買った(対政府信用供与した)分だけ預金が増える。これが「政府支出による信用創造」あるいは「日銀預金の振替先の銀行による信用創造」ではないことには注意。

MMTの教祖と日本の財務省の説明が全く異なるのは、MMTが現行制度とは(ローレンス・レッシグ的に表現すると)アーキテクチャが根本的に異なるマネタリーシステムの理論だからである。マネーは人間が作り出した社会的構築物なので、システムのコードを書き換えて全く異なるアーキテクチャにすることも可能である。

MMTが記述するシステムはそれなりに首尾一貫した論理体系なので、MMTerは「現行制度のコードを書き換えてMMTのアーキテクチャに移行すれば、経済運営はもっと上手くいく」と主張すればよいと思われるのだが、ケルトンたちは虚言を弄してまで「現行制度はMMT」にこだわっている。

MMT派は、財政支出に事前の税収や借り入れは必要なく、政府が単にキーストロークを行うことによって支出が原則可能であると主張する。
政府に求められることは主権通貨を発行し、それを用いて財・サービスを購入することだけである。MMT派は、中央銀行と財務省は制度的に結びついており、この主権通貨発行は事実上自動的に行われると考える。しかし、ラヴォワ(2013)が指摘しているように主権通貨発行は自動的に行われず、連邦準備制度(FRB)による裁量的な政府債務の貨幣化の如何によって決定される。なぜなら、FRBによる米政府への直接の貸付は法的に禁止されているからである。

ケルトンのツイートは下の動画の一部だが、バーナンキの発言で重要なのはリーマンブラザーズとAIGへの対応の違いに関するやり取り(3:52~)の中での"All we can do is make loans against collateral"である。

パウエル現議長が言っているのも同じこと。

We print it digitally. So as a central bank, we have the ability to create money digitally. And we do that by buying Treasury Bills or bonds for other government guaranteed securities.

中央銀行の資金供給とは「民間金融機関が保有する金融資産を買い取る/担保に取って貸す」という質屋のようなもので、財政支出のファイナンスとは別物である。ケルトンはMMT(と自分)の信者を増やすために、意図的に混同させるツイートを繰り返しているものと思われる。

ミイラ化した死体を見て「父は生きています」と言い張った人がいるのだから、ケルトンの言葉を鵜呑みにする人がいても不思議ではない。

補足

財政支出では、中央銀行にある政府預金口座(アメリカではTGA)から銀行の預金口座に中銀預金が振り替えられる。中銀預金は口座間を移動するだけで新規に発行されない。

金融機関相手の資金供給では、国債等の金融資産を買い取る/担保に取って貸すために新規に中銀預金が発行され、銀行の預金口座に入金される。

カネの流れは

財政支出:政府→市中銀行→支払先
資金供給:中央銀行→市中銀行(→その他の金融機関)

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