租税・財源・信用

意欲的な素人がよく引っ掛かるこの理屈について再度取り上げる。

給与収入だけで生計を立てている人(김)が保有する現預金の額を超える価格の自動車を買うとする。

김の給与は将来的に安定が見込まれるので、김は銀行のマイカーローンの審査を通って自動車を購入する。

このケースでの김の自動車購入の「財源」について考える。

「自動車販売店が受け取ったお金の出所」という意味では、銀行の預金創造(money creation)が財源になる。この意味では김の給与は財源ではない。

一方、김が銀行にローンを返済した後で全体のお金の動きを見るとこのようになる。

김の勤務先→김→銀行→自動車販売店

  • 銀行は一時的に代金を立て替える(김に信用供与)。

  • 김は給与収入から代金を立て替えた銀行に支払う(ローン返済)。

トータルで見れば、김は代金を(銀行を経由して)自動車販売店に支払ったことになるので、財源は給与になる。

どちらの見方をするかは文脈によるが、そもそも、給与収入があるから김は銀行から借りられる(立て替えてもらえる)のであり、給与収入がなければ自動車を購入できない。給与から後払いしているのだから、一般論としては「給与は財源ではない」とはならない。

以上のロジックは政府にも当てはまる。

十分に発達した国債市場があれば、政府は信用リスクゼロで容易に資金調達できるので、事前に必要額を徴税によって確保していなくても支出が可能である。

だが、容易に借り入れできるのは租税収入からの返済が(これまでも/これからも)確実だと思われているからなので、支出に租税収入は不要とはならない。近視眼的には「支出に先立つ租税収入は不要→租税は政府の財源ではない」ように見えないこともないが、全体の構造を見れば「租税収入があるから政府は支出可能→租税は政府の財源」であることは明白である。

新左翼系の一派が唱える「税は財源ではない」は、素人をオルグするためのレトリック/言葉遊びに過ぎない。

補足

寿命がある個人と違って政府は半永久的存在なので、国債の完済期限はない。満期になったものは借り換えればよいので、国債残高を減らさないのであれば償還の財源に租税は不要である。ただし、利払費は借入で賄い続けると国債残高が⛄式に膨れ上がってしまうので、税を財源とする必要がある。

👉政府債務の持続可能性は国債の残高ではなく利払費が示すということ。


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