国の借金を返してもおカネが消えるとは限らない

池上彰の「国の借金」の解説については先日の記事で検証したが、今回は「池上は間違った事実を拡散している」「正しい経済の仕組みを解説する」と主張する経済学者について検証する。

動画の4:20~では明治初期の歳入は政府紙幣発行が主体で「この時代には国債もありません、国の借金という問題もありません」「物価を抑えるためにたまに納税してもらうことが必要になります」と説明しているが、これは事実とは異なる。

政府紙幣発行が主だったのは新政府成立直後の第1期(慶應3年12月~明治元年12月)と第2期(明治2年1月~9月)だけで、第3期(明治2年10月~3年9月)以降は地租等の租税が主になっている。第1~3期と第6期(明治6年1月~12月)には借入=国の借金もしている。租税の大半を占める地租の目的もインフレ抑制ではなく旧来の年貢に代わる安定財源の確保である(地租改正は明治6年)。

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西南戦争の戦費調達についてはこちら(⇩)を参照。

https://note.com/prof_nemuro/n/n702e12f61903#bf8S7

14:05~では現代の財政支出と国債発行のプロセスについて説明しているが(⇩)、これも現実とは異なる。

政府支出(政府小切手)から、おカネ(銀行預金と日銀当座預金そして国債という名の固定貨幣)が生まれた!
明治初期の政府紙幣と本質は同じ

『財務省広報ファイナンス』(2005年6月号)の「我が国の国庫制度~入門編~」で説明されているように(⇩)、国は国庫(日本銀行にある政府預金口座)に預けられているペーパーレス化された現金を支出するので、国庫がカラでは小切手を振り出して財・サービスを調達できない。支出するためには事前に「租税及び国債等の形で民間部門から資金を調達」しておかなければならない。

国は、租税及び国債等の形で民間部門から資金を調達し、これにより、公共事業、社会保障、教育及び防衛等様々なサービスを提供している。このような財政活動の機能の主体としての国家を、他の立法・司法等の機能の主体である国家から区別して、「国庫」と称しているのである。

なお、現在では支払いは原則的に小切手ではなくなっている。

この制度における国庫金の支払いについては、従来、原則として、日本銀行を支払人として小切手を振り出し、その小切手が国の預金から引き落とされるという仕組みを取ってきたが、近年の電子化の進展に伴い、現在では、官庁会計事務データ通信システム(ADAMS)を用いて日本銀行に指図することによって、日本銀行が国の預金から金融機関の当座預金を介して払い出すという仕組みが原則となっている。

実際の順序は❶国債発行で民間から資金調達→❷調達した資金で物品を調達で、事後的にバランスシートの変化は❸になる。

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民間銀行と中央銀行は人々(民間非銀行部門)⇄政府のカネのやり取りを仲介しただけでおカネは生まれていない。詳しくはこちら(⇩)を参照。

https://note.com/prof_nemuro/n/n702e12f61903#krqiE

国債を個人・企業等非金融機関が引受ける場合は・・・・・・やや長目に見ればMS総量は不変
これに対し、この国債を市中銀行が引受けた場合には、銀行の対政府信用創造が行われるわけで、・・・・・・MS総量は市中銀行の国債引受け分だけ増えることになる。これが個人・企業等非銀行による国債引受けのケースとの決定的な違い。
(強調は引用者)

16:30~では納税について「なんかおかしい気しません?」「江戸時代の年貢と同じですよね」と疑問を呈しているが、現物納付の年貢がおかしいものではないのだから、金銭による納付もおかしくない。どうもこの学者は税金そのものを否定したいようである。

18:10~では「税金を取って、国債を返す(償還する)って、いいこと?」と論じているが、❹人々(民間部門)から徴税する→❺国債保有者に支払って償還するで、事後的にはバランスシートは❻のように変化する。租税と国債が対消滅して政府と人々のバランスシートは縮小しているが、人々が保有するおカネは納税者から国債保有者に移転しただけで全体では減っていない。

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従って、これ(⇩)も誤りである。そもそも国債は債務証券であって貨幣ではない。

国債は、あらゆるおカネの裏付けとなるおカネです。これが消されたら、世の中からおカネが消えるだけです。

国債償還によって世の中からおカネが消えるのは、民間銀行保有の国債を税金で償還した場合(❹+❼→❽)で、貸出金が返済されることで預金が消滅することと同じである。

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現代の信用貨幣を作っているのは銀行なので、国債を発行しても銀行が買わなければ世の中のおカネ(マネーストック)は増えない。また、国債以外にもおカネの裏付けになる資産はあるので国債が消されても世の中からおカネが消えることにはならない。

どうもこの学者はネットで学んだ貨幣論を受け売りしているようで、他にもツッコミどころはあるがここまでにする。経済学者だからといって安易に信用しないように。

利払費が対税収比や対GDP比でアンダーコントロールなら、国債残高を減らす必要がないことは前の記事などを参照のこと。


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