日銀批判の漫画の歴史修正

漫画家がいい加減な知識に基づいて歴史修正しているので検証する(「国債を出さない→円高」のメカニズムはさておく)。

「リーマンショックにおいて日本は財政政策を誤り」「この時は日銀の所為でしたが」も意味不明だが、リーマンショック(2008年9月)の翌年度に政府は大幅に財政を拡大している。

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リーマンショック後に米欧の中央銀行が金融機関の連鎖破綻を防ぐために流動性を大量供給して超過準備を激増させたのに対し、日本銀行は増やさなかったことを批判しているようだが、それは当時の日本の金融機関が健全経営だったためにその必要がなかったからである。そもそも、超過準備(ブタ積み)を増やすことは実体経済の資金需要と有効需要の刺激にはつながらない。

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日銀は「注視」するだけでほぼ手を打たなかったというのも事実誤認で、政策金利を短期間に0.5→0.3→0.1%へと引き下げるなどの手を打っている。

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それでも日本経済の落ち込みが大きかったのは、先立つ景気拡大が外需に牽引されたもので内需のエンジンはほぼ停止していたためである(設備投資も輸出が誘発)。日銀の怠慢が原因ではない。

日銀の無為無策のために超円高になったというのも正しくない。名目ではなく実質で見ると明らかだが、2005~2007年の円安バブルがリーマンショックで崩壊して元の水準に戻っただけである(グラフの色付け部分は2008年9月~2012年11月)。

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日本企業の海外シフトは日米貿易摩擦~プラザ合意から続く長期トレンドであり、21世紀ではリーマンショック後の円安修正よりも東日本大震災の方が促進効果が大きい。大幅に円安となった安倍政権期に対外直接投資が激増していることからも、漫画の「日銀の無為無策→円高→海外シフト」が正しくないことがわかる。グローバル企業の経営は為替レートで生産地を決めるような単純なものではない。

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日銀は2000年8月にゼロ金利を解除して0.25%に利上げしたが、直後の景気後退はアメリカを中心とした世界的ITバブルの崩壊によるもので、利上げが原因ではない(後知恵では批判できるが)。8年以上も時間差のあるゼロ金利解除とリーマンショック後を並べて日銀を批判することも適切ではない。

速水優総裁(1998年3月~2003年3月)が「円高論者」だったことは事実だが、2001年3月からいわゆる量的緩和を始めるなど、円高誘導的な政策には固執していない。白川総裁も「日本円は高い方がいいのよ♡」などとは言っていない。そもそも為替レートは財務省の領分であり、外国の事情にも左右されることも忘れてはならない。

アベノミクスの3本の矢は①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③民間投資を喚起する成長戦略なので「3本目の矢は財政出動であり、民間じゃない」は誤りである。安倍政権期の大半は「デフレ時」ではない。

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民間企業の設備投資が頭打ちなのは、デフレだからではなく、日本が人口減少と高齢化のために消費地としても生産地としても適地でなくなったからである。日本企業によるジャパンパッシングが成長戦略が空振りした主因である(デフレ・ディスインフレの主因でもある)。

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健康食品のCMに「衰えを感じるようになった原因は◯◯の不足→この健康食品で◯◯を摂取すれば若さを取り戻して元気一杯に」というパターンが多いが、◯◯に「カネ」を入れればこの漫画家たちの話と同じになる。彼らは日本経済の凋落の原因は偏に政府と日銀の「出し惜しみ」なので、それを止めてカネの供給量を増やせば簡単に復活できるかのように喧伝しているが、根本原因は人口減少と高齢化、企業のグローバル化と株主至上主義経営への転換なので、そうは問屋が卸さない。人間が老化から逃れられないように、財政出動は日本経済の老衰を遅らせても止められない。

補足

どうもこの漫画家は中央銀行の資金供給の意味を理解していないように思われる。中央銀行が供給するマネーは銀行間決済のためのもので、ブタ積みを増やしても非銀行部門の金融資産は増えない。

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