MMTの正と誤と論点先取

「根強いMMT支持者がいる」理由の一つは、この元日銀マンのように批判が的外れなので、それが信者の「MMT批判は正しくない→MMTは正しい」という信念を強化してしまうことである。

それにもかかわらず、なぜ根強いMMT支持者がいるのか。元日銀マンで現在はソニーフィナンシャルホールディングスでチーフエコノミストを務める菅野雅明さんに聞くと、「MMTは間違い。でも、そう説得し切れないのが悩ましいんです」とぼやいた。どういうことか。

よくある財政破綻論(⇩)だが、金融政策の独立性がある国の政府には(平時は禁止されているが)中央銀行から直接資金供給を受けるという奥の手があるので、意図しない限りはデフォルトすることはない。

ひとたび市場から「日本は借金を返せない」と不信感を持たれれば、市場はパニックに陥る。日本国債は投げ売りされて暴落し、高い金利が付かなければ誰も買わないので金利は急上昇する。円の価値も暴落して物価は急騰し、制御不可能となる恐れが高い。

デフォルトしないとは、借金額にかかわらず信用リスクをゼロとみなせるということなので、インフレリスクが高まらない限りは国債が投げ売りされて金利が急上昇することもない。財政破綻論者は「信用リスク上昇→金利上昇→物価急騰」のシナリオを唱えるが、現実に起こり得るのはその逆の「予想インフレ率上昇→金利上昇(国債価格下落)」である。

敗戦後の日本で起きたハイパーインフレーション(国際会計基準の定義)の直接的な原因は、供給不足が「物価上昇→現金需要増加→現金供給増加→物価上昇→・・・」のスパイラルを招いたことだが、根本は「総力を投じた大事業に失敗して巨額の損失を出した」ことである。

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毎日新聞の記者は軍事支出拡大を「放漫財政」とした上で、

放漫財政のツケは、最終的には物価急騰や重税など何らかの形で国民が支払わされるということだ。

としているが、日本と同じく巨額の軍事支出を行った米英ではハイパーインフレは起こっていない。結果的に「放漫」になったのは戦争に負けて支出がパーになったからで、巨額の財政赤字そのものが問題だったわけではない。

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敗戦後と現在では政府債務の規模は似ているが、財政赤字が生じた原因は全く異なる。MMTでは経済活動の真の制約が「実物的な生産能力」「経済がインフレ率を上昇させずに追加支出を吸収できる能力」であることを強調しているが、戦時中の財政赤字は「真の制約を超えるような巨額の政府支出」によるもの、1990年代後半からの財政赤字は「民間需要だけでは真の制約に達しないので政府が補填した」ものである。その違いはインフレ率の違いに明確に表れている。

河村さんは「当時の経済環境は現在と全く異なりますが、国の借金が膨らんでいる現在に日本においても参考になる経験です」と説明した。

とのことだが、全く異なるのだから参考にならない。

MMTは間違いだと説得するのであれば、財政赤字やインフレ云々ではなく、これ(⇩)の誤りを指摘すればよい。

これまでの通説に従えば、政府が頼れる資金源は二つ。税金を引き上げるか、国民の貯蓄から借りるかだ。税金は政府がお金を持っている人から集める手段で、政府への資金の譲渡になる。政府が課税を通じて集められる以上の金額を支出しようと思えば、預金者から借りることになる。いずれにせよ前提にあるのは、政府は支出する前に資金を調達しなければならない、という考え方だ。課税と借り入れが先、支出が後。この従来の考え方を簡単な図式で表すと、「(税金+借金)→支出」となる。
モズラーによると、政府はまず支出をし、それから課税や借り入れをするという。これはサッチャーの発言のまったく逆で、「支出→(税金+借金)」という図式になる。モズラーの説明では、政府は誰か費用をまかなってくれる人を探すことなどせず、さっさと支出することによって自国通貨を生み出す。

現実の財政・通貨システムは「支出→(税金+借金)」ではなく、「(税金+借金)→支出」で動いている。ケルトンが(おそらく意図的に)言及していないのは、借りられるお金には既存の国民の貯蓄に加えて、民間銀行が新規に信用創造(money creation)するものも含まれることである。MMTが「政府支出によって生み出されたお金」と称するものは、実は民間銀行が生み出している。

MMTでは中央銀行と政府と事実上一体で「統合政府」を形成しているとされているが、これも現実ではない。中央銀行は政府支出を賄うために通貨発行していない。

Tymoigne's claim that "the Treasury will get financed by the Fed because only the Fed supplies the funds that the Treasury uses" is a non-sequitur. The Treasury will get financed only if it either taxes or borrows more—though the Fed may assist it in doing the last of these by increasing its own purchases of Treasury securities.
But I plead not guilty, for such minor errors are an important source of MMT's popular appeal. It's often by dint of them, rather than any genuinely innovative or profound insights, that Modern Monetary Theorists succeed in turning otherwise banal truths about the workings of contemporary monetary systems into novel policy pronunciamentos that are as tantalizing as they are false.

MMTが論争に強いように見えるのは、

①"経済活動の真の制約は「実物的な生産能力」"という認識は正しい
②虚構のシステムを設定するという論点先取をしている

ためである。①は正しいのだから、②が事実に反することを指摘すればよいのである。

ケルトンはこのように(⇩)書いているが、実際にはMMTはマルクス主義→新左翼→Progressiveの系譜の統制経済を志向する左翼イデオロギーである。ケルトンは物価、賃金、金利の統制や政府主導の特定分野への大規模支出など、第二次世界大戦時の統制経済を事実上肯定している。

MMTはある意味、財政システムが本当はどのように機能するかを説明する、党派とはかかわりのない「レンズ」と言える。特定のイデオロギーや政党に依拠していない。

参考

アメリカ連邦政府の財政赤字の対GDP比は第二次世界大戦時に匹敵する規模に拡大しているが、経済全体の状況は全く異なるので、適切な財政政策のスタンスも全く異なってくる。

第二次世界大戦時は軍需を優先するために民需を抑制したが、現在は落ち込んだ民間需要の刺激が目標になる。

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