MMTは「マネーの民主主義」を否定する理論

MMTの基本的な主張

現代貨幣理論(MMT)の主な主張は、

政府は通貨発行して財政支出を自己調達できるので、資金面での制約は存在しない。
政府が調達しようとする財・サービスの供給は有限なので、実物面での制約は存在する。
通貨発行が実物面での限界に達したことはインフレ率の上昇によって示される。
通貨供給量は財政政策によって管理する。インフレ率の高騰には増税and/or歳出削減の緊縮財政で対処する。

などである。

政府はいくらでも貨幣を創ることができるので、Affordability(資金の入手可能性)には何の問題もない。「財源がないから政策が打てない」ということはあり得ない。
制約は、実物経済の方である。完全雇用の状態で政府が赤字支出によって労働力や資源を動員すると、モノ不足が生じてインフレーションにつながる。逆に、不完全雇用の場合には赤字支出によって政府が有休の人員・設備を活用しても何ら問題はない。このように、赤字財政支出の制約となるのは、インフレーションが進み過ぎることであるが、それは財政破綻とは別問題である。

「政府はいくらでも貨幣を創ることができる」を除けば常識的な主張である。

性善説のMMT

このMMTの主張の現実性を具体的な例で考えてみる。

政府が軍事企業のZ社からミサイルを定期的に購入しているとする。MMTでは中央銀行は財務省の指示通りに動く政府の一部門とされているので、政府がZ社(A銀行に預金口座)から物資を調達する際のマネーフローは次のようになる。政府と中央銀行を一体として見た「統合政府」の対民間負債は国債ではなく現金=中銀当座預金になる。

政府が中央銀行に通貨発行と支払を命じる→
中央銀行が現金を発行してA銀行に送金→
A銀行は現金と同額の預金を発行してZ社の預金口座に入金

政府は中央銀行に発行させたマネーでミサイルを購入している。

これまでは100€発行して1発1€のミサイルを100発購入していたが、原材料の値上がりを受けてZ社が25%値上げしたために、100€では80発しか買えなくなったとする。

政府の選択肢は

①インフレを抑制するために100€で80発買うにとどめる
②100発買うために増税して25€調達する
③100発買うために25€追加発行する

で、MMTでは①か②になるはずだが、歴史は、政府はインフレ抑制よりも目先の物資調達を優先する近視眼的傾向があることを教えている。

政府の③の行動はインフレをさらに加速させるため、次回の購入時には1発2€に上昇していたとする。すると政府は100€で50発ではなく100発買うために200€を発行するため、物価上昇→通貨発行増→さらに物価上昇→・・・の悪性インフレのスパイラルに陥ってしまう。物価上昇のために同じ金額で政府が調達できる財・サービスの量が激減してしまうこと(通貨価値の暴落)が財政破綻である。

MMTは「インフレ率が高くなる→財政を引き締める」と簡単に主張するが、通貨発行権という「打ち出の小槌」を持つ政府が「自制心」を働かせることは非常に難しいというのが歴史の教訓である。各国で中央銀行の国債引受による政府の資金調達(財政ファイナンス)が原則禁止されているのはそのためである。

下はスイスの中央銀行SNBの財政ファイナンス禁止の説明。

The SNB has a mandate to ensure price stability, while taking due account of economic developments. Experience indicates that central banks are better able to fulfil this mandate when the state is not permitted to use money creation for financing purposes. This is in order to avoid conflicts of interest. For example, if the central bank needed to increase interest rates to ensure price stability at a time when the state required more money, the interests of the two parties could collide if the central bank were not independent of the state.

性悪説の現行システム

そこで、現代の通貨システムは政府の自制心に頼らずに通貨価値を安定させるため、通貨発行を民営化している。

市中へのマネーの供給は民間銀行が一手に引き受ける。
政府は通貨発行権を封印して民間から資金調達する。
中央銀行は民間銀行が過剰に通貨発行しないようにコントロールする。

このような仕組みによって、野放図な通貨発行を防止しているのである。

このシステムでのマネーフローは次のようになる。

政府が国債を入札する→投資家が応札して利回りが決まる→
投資家は代金を取引銀行(B)の預金口座から政府に支払う→
民間銀行は投資家が支払う金額と同額の現金を国庫に送金する→
政府はZ社からミサイル(商品)を購入して代金を支払う

事前と事後を比較すると、

政府のバランスシートの負債に国債、資産にミサイルが増加
銀行預金が投資家→Z社に移動(市中のマネーの総額は不変)
銀行部門全体と中央銀行のバランスシートは不変

政府は債券投資家から借りたマネーでミサイルを購入しているが、そのマネーは以前にどこかの銀行が発行した預金である。

ミサイルを調達するためには、まず国債を投資家に買ってもらう必要があるが、例えば10年の割引債の利回りが20%に上昇すると、政府は額面の1/6のマネーしか調達できない。このように、予想インフレ率が高騰→国債金利が高騰→政府の資金調達が困難になることが財政破綻である。

この状況では「ない袖は振れぬ」ため、政府は財政引き締めを余儀なくされる。政府の自制心ではなく、債券市場で資金調達が困難になるという外部からの強制力によって放漫財政による通貨価値の毀損を防止するのである。

日本でも西南戦争の戦費調達目的で政府が不換紙幣を大量発行したために激しいインフレが発生したことが、日本銀行を創設するなど近代的通貨制度を整備する契機となった。

現行システムの成果を横取りするMMT

MMTの根底には、統合政府が財政ファイナンスのためにマネーを発行する仕組みと現行システムが事実上同一であるという虚偽がある。

MMT では政府が貨幣発行権を握っていても、直接の貨幣発行を禁じても、貨幣発行権を持つ中央銀行を独立させても、結果は同じになると 考える。 

その虚偽に基づいて、現行システムがハイパーインフレ防止に成功していることをMMTの正しさの証拠だと強弁しているのである(お前の手柄は俺のもの)。

1970年代以降、金や外貨による裏付けなしに貨幣を発行する、変動相場制をとった先進国でハイパーインフレの事例が皆無であること、また、ハイパーインフレを経験した独立革命期の米国、南北戦争期の米国、ワイマール・ドイツ、ジンバブエの事例などから、ハイパーインフレは貨幣発行の増大のみによるものではなく、戦争等による供給力の破壊や、政治的配慮や混乱によって課税が十分に行われなかった、という事情が見てとれる。

歴史に逆行するMMT

現行の通貨システムは政府の通貨発行権の濫用を防ぐために、

政府は通貨発行権を封印
国債発行の条件は債券市場参加者(bond vigilantes)の総意に従う
マネーの「権力」は政府・中央銀行・民間銀行の三権分立

となっている。国家権力を憲法で統制するように、財政運営を市場規律で統制する民主的なものと言える。

一方、MMTでは

政府は自由に通貨発行できる
中央銀行は政府の指示通りに動く下請け機関(独立性無し)
政府は対民間負債(現金=中銀当座預金)の金利を一方的に決められる
インフレ抑制は政府の「自制心」に任される

と、政府が「マネー権力」の独裁者になっている。MMTとはマネーの独裁制あるいは計画経済を正当化する理論ということになる。

現行システムでも積極財政を正当化できる

MMTの信者の多くは「インフレ率が危険水域に達するまでは財政赤字を無視して財政出動することが可能」という主張に魅力を感じて入信したようだが、この主張は現行システムからも導けることは下の記事で検証済みである。

平時の政府は信用リスクを無視できる→国債金利は市場参加者のインフレ見通しを反映

政府は「終わり」が見えないゴーイングコンサーン→国債の元本の完済をいつまでも先送りできる→利払費の対GDP比が発散しなければ持続可能

いずれの指標も、現時点では国債増発→財政支出拡大が可能であることを示している。

ただし、財政赤字は企業が資金余剰に転じたことの結果なので、積極財政では根本的解決にはならないことにも注意が必要である。企業の資金余剰は内部資金運用の優先度が"海外投資>待機資金>国内投資になったためで、その根底には人口減少による国内市場の縮小という構造問題があるので、財政出動では解決できない。

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