マルクス・ケインズ・MMT

この佐藤健志の指摘はMMTの本質に迫っている。

佐藤:『MMT現代貨幣理論入門』は全10章ですが、7章と8章の間に大きな溝があります。7章までは一般的な貨幣理論の話で、非常に面白い。ところが8章以後はもっぱら「完全雇用と物価安定のためにJGPをすべきだ」という話になる。JGPはMMTから導き出しうる政策の1つにすぎません。その結果、議論が普遍性を失い、スケールダウンしてしまっている。

MMTの提唱者たちの問題意識は、失業やインフレ、恐慌、boom and bustなど現代の資本主義に付き物の諸問題をどのように解決するかにあり、マルクスやケインズと共通している。マルクスとケインズが解決策を導き出すためにまず貨幣の分析をしたように、MMTもJGPという解決策を導く前段階として独自の貨幣理論を打ち立てたわけである。

マルクス:貨幣の分析→社会主義革命
ケインズ:貨幣の分析→政府の介入
MMTer:貨幣の分析→Job Guarantee Program

マルクスとケインズの貨幣論は重要ではあるが主役はあくまでも社会主義革命や政府の介入であるように、MMTも主役はJGPで貨幣論は脇役に過ぎない。財政支出の柱が土建中心の公共事業ではないことも重要である。

高名な経済学者のジョン・メイナード・ケインズと同様、MMTの提唱者らは、就労を望む人すべてが職を得るのに必要な需要が不足している時、政府が需要不足を補う上で重要な役割を担えると考えている。
経済学者ハイマン・ミンスキーの考え方も参照している。ミンスキーは金融バブルに関する仕事が最も有名だが、市場システムには完全雇用を達成できない傾向が本来備わっているとの考え方も示している。
MMT提唱者らは、ケインズと同時代の学者アバ・ラーナーの著作からも、貨幣需要に関する独自の見解を導き出している。MMTの考え方では、政府だけが発行し、かつ政府が財およびサービスに支出できる通貨で納税するよう国民に強制できる政府の権限が、貨幣需要の根幹を成す。つまり政府支出は、全景気サイクルを通じて需要を安定させる全国民への雇用を保証するプログラムなど、中核的な政策に利用できるというのがMMTの見解だ。

MMTはケインズ後に生じた1970年代のスタグフレーションや1980年代以降の金融規制緩和→バブル→バブル崩壊などの諸問題を解決するという問題意識からケインズ以前に戻り、結果的にマルクス的な政策を打ち出した。最低賃金による完全雇用、金利による民間投資選別の否定、国債の廃止、政策金利ゼロ、選択的な財政支出と産業政策による価格コントロールなどは、民間部門と市場メカニズムを軽視する統制経済に近い発想である。

MMTの信者がやたらと上から目線で攻撃的・カルト的になるのは、マルクス主義に共通するものがあるからだろう。欧米のMMT論者が社会面では筋金入りのリベラルであることも、MMTが本質的に左翼思想であることを物語っている。東洋経済で議論した5人の内、そのことに感づいているのは佐藤だけのようである。

佐藤:わが国ではMMTについて、「政府の役割を重視しているからナショナリズム的な理論だ」という受け止め方が強い。けれども欧米のMMT論者は、内心ではグローバリズム的な理想を信奉しているふしがある。
佐藤:「JGPを提唱しない者はMMT論者にあらず!」というぐらいの勢いですよね。資本主義経済の中に、社会主義的なセクターをつくりたがっている印象を受けます。

補足

政策論としてのMMTの致命的欠陥は、失業対策が「貨幣発行して公的部門が失業者全員を最低賃金で雇う」のため、失業や不十分雇用が民間部門の構造問題に起因する場合は抜本的解決にならないことにある。

1990年代末からの日本経済では、

グローバル投資家が割高な資本コストを要求する
→企業はROE>資本コストのために賃金抑圧と投資の海外シフトを常態化
→設備投資による労働生産性向上から低賃金労働者による人海戦術にシフト
→underemploymentは増えるがunemploymentは減る

という構造変化が生じている。ここで最低賃金での公的雇用を増やしても「賃金上昇→消費拡大→設備投資を誘発」の経済の好循環にはつながらない。民間部門と市場メカニズムを軽視するMMTの弱点である。

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