アメリカの分裂と『イージー・ライダー』
この記事👇は当noteの読者には特に目新しい内容では無いと思われるので、米民主党の変質はそれ以前から進んでいたという分析を紹介する。
なぜ、バイデンは「歴史的敗北」を喫したのか。1980年代以来、民主党は労働者階級を見捨て、むしろエリートの党として「企業政党(コーポレート・パーティ)」化していった。バイデンはその流れの中心にいた1人だからだ。
81年のレーガン政権の誕生は、民主党が存亡の危機を感じるほどの歴史的異変であった。今日でいうラストベルト一帯の白人労働者らが雪崩を打つようにして共和党の支持に回った。不況、「強いアメリカ」へのあこがれ、妊娠中絶問題などさまざまな理由があった。
これにより大恐慌期にルーズベルト大統領が形成した民主党の選挙支持母体である労働者、マイノリティ、南部保守層、知識層からなる「ニューディール連合」が崩壊した。レーガンが労働者を切り崩す以前に、ニクソン共和党政権の「南部戦略」による南部保守層切り崩しが始まっていたから、民主党はマイノリティと知識層だけの党になりそうだった。
"What's the Matter with Kansas?"や"Listen, Liberal"の著者Thomas Frankの分析が参考になる。
それにはベトナム戦争の時代を振り返らなければならない。この時代に民主党は「もはや労働者階級の政党ではない」と決めたのです。彼らは組合労働者とのつながりを一定程度、断ったのです。・・・・・・当時の民主党は、「見識があり、高等教育を受け、裕福な人々の政党」をめざした。
なぜか? 一つ目には、こうした層が政治献金を出すからです。二つ目の理由としては、こうした層がベトナム戦争について正しい判断をしていたからです。(反戦デモが続いた)大学キャンパスの若者を思い出してください。当時の民主党は彼らを見て、「彼らの側につく政党であるべきだ」と悟った。当時、多くの労働組合がベトナム戦争を支持しました。労組メンバーには、キング牧師の公民権運動を支持する人々も大勢いましたが、人種差別主義者の白人も含まれていた。これを見て、民主党は「彼らとの関係はオシマイだ」と判断したのです。
70年代から90年代の民主党を眺めると、彼らは自己変革を繰り返していた。かなり詳しく調べました。この時代の各派が一致していたことは、「民主党はもはや労働者の政党ではない」であり、繰り返しになりますが「見識があり、高等教育を受け、裕福な人々の政党」をめざした。
In arguing his thesis, Frank gives the Democratic party in general a ferocious beating. And in particular, he condemns Democratic presidents all the way back to Jimmy Carter for deserting the party’s working-class and middle-class base. Carter, a southern governor, didn’t like unions. But he liked the idea of meritocracy — the old Horatio Alger myth of social mobility through hard work and education.
Meritocracy is now the ideology of the Democratic party, Frank contends. It welcomes the best and brightest, of any race or ethnicity, of any gender, of any religion. All it asks is graduation from the right American universities, with post-graduate degrees from the best law and business schools.
規制緩和といえばレーガンの印象が強いが、実際にはカーターの運輸業界の規制緩和から進み始めていた。これには民主党のインテリ層による労働組合潰しの意味も込められていたことも重要である(日本の国鉄民営化と国労潰しの先例)。
労働者の側からカウンター・カルチャーの若者の側についたことの意味は、映画『イージー・ライダー』の登場人物に当てはめれば分かりやすい。民主党は自由な都会人の側に立ち、彼らを殺した田舎の男たちの敵に回ったわけである。この構図は大統領選挙での選挙区別の勝敗(赤青マップ)に表れている。
アメリカでも、田舎と都会にはずいぶんと差がある、ということが、この映画では再三、示唆されている。
ワイアットとビリーは、自由に生きているので、わざわざ、歓迎されないアメリカの田舎へと入っていく。そして、必要のない敵意を巻き起こしていく。
田舎にあるレストランに入ると、そこにいた田舎の若い娘たちは、彼らを見てかっこいいと騒ぎ立てる。髪も短く、マッチョな地元の男たちはあからさまな敵意を見せる。
中年や老年の男はもちろん、若い男も長髪を見るだけで強い反感を持つ。地元の若い女が(地元の男からみれば、おれたちの女が)その長髪のよそ者に惹かれているのが、よけいに怒りを助長したのだろう。
反感や敵意というレベルではなく、それはすっと殺意になっていく。
当時の学生たちにはその後に政界やシリコンバレー、ウォールストリートでの専門職、クリエイティブ職などで大成功した者も多く(例:クリントン夫妻)、彼らが変化した民主党の有力な支持基盤になっている。彼らの思想の根本には「自由」や「解放」があり、これがボーダーレス社会やグローバリゼーションとつながっている。
しかし、若者時代に体制に反逆した彼らがつくった自由な社会が、現代の「大学は出たけれど」の若者たちには格差が固定化された不自由な社会に感じられることが、バイデンが「歴史的敗北」を喫した背景にある。先鋭化した若者には、資本主義社会で大成功したリベラルの先輩達が「実権派」のように見えていることも重要である。
フランクはこの👇ように述べているが、日本では左派政党の代わりに自由民主党が同種のことをやったと言える。
民主党は、労組を民主党内の構造から外した。イギリス労働党も同種のことをやった。世界の左派政党も、その後、アメリカの民主党の後追いをやった。
自民党は基本的には財界の側に立っていたものの、中小企業や農家も重要な支持基盤として気を配っていた。しかし、バブル崩壊後、特に小泉政権以降になると、大企業とグローバル投資家の側に立つことが鮮明になっている(その象徴が安倍前首相のニューヨーク証券取引所における「もはや国境や国籍にこだわる時代は過ぎ去りました」)。この転換が今のところ成功していることは、選挙の大半で勝ち続けていることが実証している。
中小企業は伝統的に自民党の支持基盤とされてきた。無派閥の若手は「中小・零細企業は雇用の受け皿だ。手を着けたら大変だ」と、慎重な検討を求める。
日本の左派政党の失敗の一因は、米欧の真似をして労働者重視からアイデンティティ・ポリティクス重視に転換したことにある。アメリカでは公民権運動やBLMに見られるように差別問題が深刻なので、アイデンティティ・ポリティクスに引き寄せられる支持者も多いが、日本には同レベルの差別問題は存在しないので、ほとんど支持者が得られない。その一方で労働者を軽視して都市型エリートにアピールする「改革」をネオ自民党と競ったために、多くの有権者が離れてしまったということになる。カーターがレーガンに敗れた構図にも似ている。
日本の左派政党は国民に礼節(反差別)を強要するよりも衣食を保証することを優先しなければ、自民党に取って代われる可能性はほとんどなさそうである。
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