れ新の「新規国債発行可」の説明を書き直してみる

れいわ新選組の山本太郎代表が動画の1時間46分頃~で通貨システムについて(おそらく、俗流MMTに基いて)説明しているが、「日銀当座預金」「預金準備率」「信用貨幣論」など素人には馴染みがない用語が頻発する上に、矛盾点・不正確な点もあるので、成功しているとは言えないようである。

そこで、関係者でも支持者でもないが、「国の借金」が1100兆円を超えていても、国債増発→財政支出拡大を正当化できることの一般人向けの説明を考えてみる。これまでの記事の内容のまとめ直しであることをお断りしておく。

政府の通貨発行は"Can"だが"Don't"

通貨発行権は国家権力の一部であり、日本でも8世紀の和同開珎や江戸幕府の大判・小判(金貨)、政治政府が発行した太政官札(紙幣)などが知られている。

しかし、現在の日本政府は財務省が説明するように(⇩)、財政支出のためには通貨を発行せず、わざわざ民間部門から調達している。これは日本独自ではなく世界標準の制度である。

国は、(1)外交、防衛、司法警察のほか、(2)教育や科学の振興、保険・年金等の社会保障、(3)道路整備や治水・治山等の社会資本(公共財)整備などの様々な行政活動を行っています。
国は、そのための財源として税金や国債等により民間部門から資金を調達して支出を行うといった財政活動を行っており、その所有する現金である国庫金を一元的に管理して効率的な運用を行っています。

その主な理由は、政府の通貨発行量が経済の財・サービス生産量に比べて過剰になり、物価が暴騰(⇔通貨価値が暴落)する事態を防ぐためである。サラリーマンが無駄遣いしないように、給料を妻に渡して必要額を小遣いとしてもらう家庭があるが、政府も際限なく通貨発行して悪性インフレを招かないように、通貨発行を民間銀行にアウトソースして、民間から必要な額だけを調達する制度にしているのである。従って、税は財政支出の財源であることに注意。

国債発行は通貨発行の代わりなので、その限界はインフレ率が高騰するまでになる。予想インフレ率は国債金利に織り込まれるので、債券投資家(bond vigilantes)が監視役となって放漫財政を牽制する仕組みである。

財政支出の財源は主に税金と国債発行(借入)だが、2019年9月末の「国の借金」の残高は約1100兆円、うち普通国債は約880兆円に達しており、財政制度等審議会の「令和時代の財政の在り方に関する建議」では「将来世代へのツケ回しに歯止めを掛ける」必要性が強調されている。

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個人の借金

形式的には政府も企業や個人と同じように銀行や機関投資家から借金しているわけだが、まず考えなければならないのは、借金が増えることの何が問題かである。

手取り額が月40万円の人が25年・固定金利1%・元金均等返済で住宅ローンを借りることを例に考える。

借入額が3000万円なら。最初の月の支払は元金部分10万円+利息部分2.5万円=12.5万円になるので、十分に返済可能である。

6000万円なら元金部分20万円+利息部分5万円=25万円なので相当無理がある。

1億2000万円なら元金部分40万円+利息部分10万円=50万円なので返済不能・借入不能である。

将来に元本を返済できない以前の話で、借入額(ストック)が増える→月々の支払(フロー)も増える→現時点での資金繰りがつかなくなるから問題なのである。

政府の借入期間は∞

借入額が1億2000万円でも、期間が200年なら最初の月の支払は元金部分5万円+利息部分10万円=15万円に減る。500年なら2+10=12万円、1000年なら1+10=11万円であり、支払可能な額になる。

もちろん、人間は200年ローンを組むことはできないが、借り手が不死身で確実に支払いを続けられるとわかっていれば、貸し手にとっては優良な貸出先になる。元本をさっさと完済する借り手よりも、完済せずに利息を支払い続ける借り手の方が儲かるからである。

政府には経済活動が壊滅したり、統治能力が失われたりしない限りは確実な収入(←徴税権)があり、半永久的存在(going concern)なので、永久ローンを組める条件を備えている。国債の個々の銘柄は満期になれば償還しなければならないが、その時点の金利で借り換えれば、変動金利で借り続けていることと同じになる。

借入期間を→∞にすると毎年の元本部分の支払額は→0になるので、税収で利払費を十分に賄える限りは財政は健全とみなせる。財政の不健全性を示すのはフロー(利払費)であってストック(残高)ではない。このことがわかれば、国債残高が激増しても金利は低下したことは謎ではなくなる。

経済指標は国債増発に青信号

以上から、国債増発の余地はインフレ率、金利、利払費(の対税収比)によって判断できることがわかる。

まずインフレ率だが、消費者物価指数は前年同月比でプラスではあるが1%にも及ばない状況が続いている。

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(色が薄い期間は消費税率引き上げから12か月間)

国債金利は日本銀行による引き下げがなくても低水準にある。マーケットはインフレが高騰するリスクはないと判断していることになる。

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利払費も安定的で爆増する気配はない。

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これらの経済指標は一致して国債増発に青信号を出している。

このように、専門用語やMMTなどという怪しげな理論に頼らなくても、常識の範囲内で新規国債増発が可能であることは説明できる。こちらの説明の方が一般人には理解しやすいと思うがどうだろうか。

消費税よりも重要な問題

山本代表たちいわゆる「反緊縮派」は、

家計窮乏化の主因は消費税増税
政府の赤字を増やせば家計の黒字が増える

かのように説明するが、これも不正確である。

家計部門の黒字(資金余剰)は1990年代後半から急減しているが、それと対応するのは企業部門の赤字から黒字への転換であり、政府部門の赤字の縮小ではない。

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(1955~1993年度は1990年基準、1994~2017年度は2011年基準)

企業部門の赤字・黒字は損失・利益と誤解されやすいが、負債の増減と金融資産の増減の差額のことである(価格変動を除く)。1990年代後半までは「事業拡大のために外部から資金調達」が常態だったが、その後は「人件費を抑制して借入金を返済」へ、さらには「人件費を抑制して対外直接投資と現預金を積み上げ」が新常態となっている。緊縮の主犯は企業であって政府ではないので、消費税を「敵」の本丸と見るのは間違いなのである。

日本企業の行動の劇的な変化は人口減少とグローバリゼーションが原因である。特に、金融ビッグバンによって株主資本コストがグローバル水準の7~8%に上昇したことが大きい。日本経済の潜在成長率に比べて高過ぎる資本コストを上回って株主利益を最大化するためには、徹底的なコスト削減と投資の海外シフトが合理的になるからである。

詳しくは北野一著『デフレの真犯人』やリチャード・クー著『「追われる国」の経済学』を参照のこと。ケインズの「国家的自給」と「人口減少の経済的帰結」も必読である。

補足

政府が発行する貨幣(硬貨)と中央銀行が発行する銀行券は、銀行預金と交換されることで民間部門に出現する。無形の預金を有形にするだけなので、その増減は市中の通貨量(マネーストック)の増減にはつながらない。完全にキャッシュレス化された社会を想像すればわかるが、貨幣と銀行券の発行は財政支出とは無関係である。

MMTの誤りについてはこちらの記事を参照。


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