空振りだった円安政策

何を言いたいのかわかりにくい記事なので、グラフを補ってわかりやすくしてみる。グラフの大きいマーカーはアベノミクス始動の前年の2012年。

賃金やGDPの問題でよくいわれるのは、過去20年以上にわたって日本がほとんど成長しなかったことだ。それに対して、世界の多くの国で経済が成長した。「このため、日本が取り残された」と言われる。
以下では、このことが正しいのかどうか検討を進めよう。

1人当たり実質GDP成長率を日米比較すると、日本が相対的に遅れたのはバブル崩壊の1991~1993年と金融危機の1997~1999年で、2001~2017年の遅れは年率-0.3%にとどまっているので、「過去20年以上にわたって日本がほとんど成長しなかった」は正しくない。日本経済を診断する上ではこのことが最も重要である。

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人口比は持続的に低下。

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GDPデフレータ比の低下ペースは減速している。

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対ドル為替レートは2000年と2020年がほぼ同じ。

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同期間にGDPデフレータ比は4割弱低下していたので、対ドル実質為替レートも4割弱減価している。

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ファンダメンタルズからは実質実効為替レートの適正水準は80~90程度(2000年=100)と推計できるので、2009~2012年の円相場は対ドルではやや過大評価されていたものの、実効ベースではほぼ適正だったことになる。リーマンショック後の円相場は超円高になったのではなく、円キャリートレードによる過度の円安がポジション解消によって修正されたというのが妥当な見方である。

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従って、アベノミクスの円安は、円の過大評価の修正ではなく、国ぐるみで「ダンピング」に打って出たようなものと表現できる。政府と日本銀行は円安→輸出数量増加→設備投資増加への波及を期待していたものと見られる(その他の波及経路もある)。

円の実質実効為替レートは1980年代前半の水準まで低下したが、当時との相違点は、

①1980年代前半はドルの全面高の反面としての円安だったが、今次は円の全面安(アジア諸国から見ても日本旅行が割安に感じる水準)
②1980年代前半は対米輸出が増加して貿易摩擦を激化させたが、今次は輸出数量はほとんど増えていない

である。グローバル化した大手製造業は国内生産→輸出よりも対外直接投資→海外生産に方針転換していたので、事は政府・日銀の期待通りには進まず、悪いインフレ・購買力の低下・交易条件の悪化のマイナス要因を無視できない事態となってしまった。

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野口はこのように主張しているが、

本来であれば、円高に対して、技術革新で生産性を向上させて対応すべきだった。低成長をもたらしたのは、技術開発が行なわれなかったからであり、それは円安によって企業が安易に利益を増加できたからだ。

それよりも、大手製造業がグローバル化の深化で対応したために「労働生産性上昇→実質賃金上昇」を可能にする成長のエンジンが動かなくなり、技術革新が難しく賃金水準が低い労働集約型サービス業に依存した「成長」になってしまったこと、つまりは経済構造が「インド化」してしまったことが問題である。

インドなどでは、人件費が安く、資本の価格が高い状況でした。そのため、機械化した工場に投資するよりも、たくさん人を集めて労働集約的な人海戦術でイギリスの繊維産業に対抗していたのです。
しかし、技術はどんどん進歩します。機械化された工場で生産する方が、たくさんの安価な労働力を集めて生産するよりも低価格で良いものができるようになってしまいました。こうしてインドの繊維産業は、イギリスの機械化された繊維産業の前に敗れてしまったのです。

以上、まとめると、

➊日本が「取り残された」ように見えるのは、成長していないからではなく、実質の円相場が変動相場制移行後の最低水準近くまで減価したため。
➋大手企業のグローバル化が進んだため、円安が経済の好循環を起動させる効力は大幅に減退している。
➌経済の構造変化の結果、円安の益は小さく、害は大きくなっている。
➍日本経済の問題は空洞化とインド化(技術革新→労働生産性上昇→実質賃金上昇が起こりにくくなる)。

となる。

補足

2000年と2020年の米ドル建てGDPの米/日比は2.06倍と4.15倍で2.01倍になったが、その内訳は

1人当たり実質GDP:1.09倍
総人口       :1.18倍
実質為替レート   :1.57倍

実質為替レートの内訳は

名目為替レート   :0.99倍
GDPデフレータ   :1.59倍

となっている。

日本経済が取り残されたように見える最大の理由はinternal devaluation、次が人口増加率の低さということになる。

A remedy for these economies that has generated a lot of debate is so-called internal devaluation. This is a boost to competitiveness not through an (external) devaluation of the currency but by internal means, such as wage cuts or wage moderation.

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