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I.Gログ 第07回「紙」

「I.Gログ」は、いずれ編纂されるかもしれないプロダクション I.G社史において正式に記録されることもなくただ語り継がれていくであろう昔話しをnoteという形で記録に残しておこうというコラムとなります。
筆者の主観を軸とした、その時、その瞬間の記憶と聞いた話で構成されておりますので、その時々で修正を加えていこうと思います。

文・藤咲淳一(株式会社プロダクション・アイジー 脚本家)

多摩地区一位

国分寺にプロダクション I.Gがあった頃、各スタジオにはリースしたコピー複合機が置かれておりました。

実はこのコピー機、アニメーション制作会社にはなくてならない必需品なのです。 

TVアニメを例にいたしますが、プリプロダクションで企画書ができたといっては、参加人数分のコピーを作成し、脚本会議においては一話あたり20ページほどの脚本原稿を人数分、更に複数話数を打ち合わせするので五話分であれば更にその話数分かけた枚数をコピー機が複写していきます。

絵コンテにおいては修正時に原版を直すともとにもどせなくなるので、コピー原本に切ったり貼ったり加えたりしながら絵コンテを修正し、それが終わると、関係各所に絵コンテのプリントアウトが何十部と配布されます。
(絵コンテは80ページから100ページ超まで作品によって様々です)

更にはキャラクター設定、メカ設定、美術設定などの設定資料もとんでもない数のコピーが生まれていきます。コピーされた設定資料は監督、制作、演出、作画、仕上げ、美術、撮影さん……とスタッフに必要な分が配布されます。
メイン設定という形で一部、更に話数ごとに追加された設定が加わっていきます。

ここまで書いただけでも膨大な数のコピー用紙が消費されていきます。

更に、作画時にも一度、コピーを作成、作画参考で作画のガイド用に3DCGで「あたり」をいれたモデルのプリントアウトなどが使われることもあり、なんというか数えたくなくなるだけの枚数がコピー機から生まれていきます。
 
こんな状況が年中続きますので、当然コピー複合機の稼働率は高く、消費されるコピー用紙とトナーの数は当時のコピー複合機のメーカー営業担当者さんから聞いた話になりますが「御社が多摩地区一位です」と言われたことがありました。
(あくまでそのメーカーさんの評価です)

マイナールール

そんな名誉(?)を与えられた弊社ですが、折しも省エネの声が叫ばれていた当時の事情ですから、コピー用紙をただ消費するだけでは、経費の省エネにもなりません。

裏が白ければまだ書ける。

斯くして、当時は用済みになった書類の裏紙を再利用することが社風として奨励されておりました。
(今でこそ、コンプライアンス的な問題と、コピー複合機のドラム部分に熱で溶けたトナーが付着し紙詰まりを多発、メンテナンス費用だけで馬鹿にならない事態が頻発したため、裏紙の利用は原則、なくなりました。……とはいえ、社内でメモ用紙として使う文化はまだ残っているようです)

紙素材

コピー用紙も大量に消費する弊社ではありますが、アニメーション制作会社で消費される紙といえば作画に関わる用紙類です。
 
通常の真っ白な作画用紙(原画用紙と動画用紙があります)。
枠線の入ったレイアウト用紙。
アスペクト比に合わせたフレームがプリントされており、これをガイドに画面設計をしていきます。

色の入った演出、作監用の修正用紙。(例えば、演出は浅葱、作画監督は黄色、総作監はピンクなどと使い分けられることがほとんどです)
こうした作画用紙などは、アニメーション専用のものであり、タップ穴が空いた状態で納品されます。
(※タップとは、用紙がずれないようにするための道具です)

演出や作監でのレイアウト修正の際にコピーした原図を使う場合、予め用意したタップ穴のあいた紙(通称:紙タップ)を指示に合わせて貼っていく作業があります。
主に演出の指示を受けた制作進行の雑務になるわけですが、こうして原図に触れていくことで仕事を覚えていったりするわけです。

また尺を入れるタイムシートも作画に必要な紙素材です。一枚で6秒の原画と動画の時間を管理することが標準的なものだと思います。
初めて見る新人の制作進行にとっては、謎の記号と数字がかかれた暗号としか思えないかもしれませんが、作画と撮影の指示書も兼ねているので、「しっかり素材と向き合って」シリーズ一本に関わっていれば、少しは理解が進むと思います。
(タイムシートの欄外や裏側に演出から撮影に向けたメモなどが添えられることも多いです)

そしてカット袋。
上記のレイアウト用紙、作画用紙、タイムシートを入れてカット単位で素材を管理するために必要な大切な「袋」です。
ひとつのTVシリーズで一話あたり300カットとした場合、1クール13話ならカット袋を約3900枚枚は発注しないとなりません。その中に作画用紙が入っているわけですから、ひと作品終わる頃には段ボール何箱分という感じでカット袋がアーカイブの倉庫にしまわれていくこととなります。
(アーカイブセクションのある弊社の場合です)

複数の作品を動かしているスタジオなどでは、他作品と混同しないように色を分けてカット袋を発注していきます。こうすることで複数の仕事を抱えているアニメーターさんなどにも視覚的にわかるようにするわけですが、他社さんとカット袋の色が同じになってしまったときは注意が必要なのかもしれません……。

またカット袋の裏面には、各セクションの担当者がサインまたは押印する欄が設けられています。
チェックの仕方は人それぞれで、自分でつくったゴム判から、サインまで様々です。ひと目でそれとわかるものが好まれるようです。
(筆者が監督時代は、同じ苗字の人が周囲にいなかったこともあり、日付付きのゴム判で済ませていました。味も素っ気もないやつです)

作画以外では、絵コンテ用紙(アスペク比に応じていろいろな種類が用意されています)などが用意されています。一枚あたり5コマ~6コマほどの画面の枠がある、アニメーションの設計図と言えるでしょう。


デジタルへ

こうした紙を多く使う職種ですが、デジタル化によって少しずつ紙素材といったものが消えていこうとしています。
編集、撮影、仕上げ、そして美術のセクションはデジタル化が相当早く進みました。

脚本に至っては20年以上、デジタルというか、ワープロソフトです。それでもプリントアウトする文化は残っているようで、本読みでは未だにプリントアウトが用意されていたりします。
タブレットの普及や、ノートPCの軽量化により、皆、テーブルにそれらを置いて本読みするなども珍しくなくなってきました。

執筆に使うソフトはひとそれぞれで好みがわかれるところです。
筆者は会社の用意した作業環境がWindowsであり、MS系のソフトが標準装備だったこともあり、ずっとWORDです。

絵コンテなども同様です。利点として分厚い設定集、絵コンテ用紙を持ち歩かなくていいということで、どこでも作業できる環境が整ってしまったわけで「絵コンテ用紙がキレたから作業できない」という言い訳が通じなくなってしまいました。

絵コンテのデジタル化はここ数年で急速に拡張されている気がします。
筆者はタブレットは使ってませんがPCとクリスタで作業しています。

作画に至ってはどのツールを使えばいいのかなど、未だに業界統一フォーマットが決められていないため、皆、試行錯誤しているようです。

個人的にblenderが熱い気がしています。作画ツールというわけではありませんけれども。

やはり紙がいい。

そのような声が消えることはないでしょう。
完全デジタル化のためにいくつものツールを導入していても、どこかのセクションで紙によるチェックが望まれる限り、プリントアウトのために稼働するコピー複合機の働きが止まることはないようです。
昔のように「多摩地区で一番」ということはなくなったとは思いますが。

以上、I.Gログでした。

『I.Gログ』は不定期更新です。