霧の中で

朝方、濃い霧が辺りを覆っていた。湿った地面を踏みしめる足裏の感触と足音が、それぞれ違う場所からやってくるような、そんな気がしていた。懊悩を振り切ろうとするかのように歩く。それでいて、苦しみや悲しみの中に自ら分け入っていこうとしているのかもしれない。ちょうど霧の中に身体を沈めていくように。

これだけ苦しんだのだから、それが何かに結実するはずだ、そこから何かが生まれるはずだと思ってしまうことがある。そうではないよ、とあの暗闇の中の小石が言う。君は苦しんだことでなんらかの代償を支払ったつもりでいる。こんな苦しみを経てきたのだから、自分にはそれをもたらした原因のようなものを支配する権利がたとえわずかでもあるはずだ、と。でもそんな権利や方法はどこにもない。君の苦しみや悲しみはどんな意味にも結びついてはいない。それらはただそこに在るだけだ。荒野で燃えひろがる炎のように。君の体はその炎の中で焼かれ続けるだろう。幾千もの針のような熱気が君の気管を切り裂くだろう。

立ち止まって息を整える。でも本当はそれほど呼吸が乱れているわけでもない。霧はまだ見渡す限りのものを包み込んでいる。僕は灰と燃殻で埋め尽くされた地面に染み込む自分の血のことを考える。卓状地の向こうからやってくる雲が何度か雨を降らせば、すべてのものが形を変えてどこか遠いところへ押し流され、あるいは地中深くの真っ暗な場所へ落ちていくだろう。そして、かつてそこに何かがあったという痕跡すら消える時がくるだろう。

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