区切り。

次世代のKPOPアイドルを輩出するオーディション番組で選ばれた7人の少年が来月デビューする。
デビューに合わせたプロモーション用の動画がYouTube等に次々と投下され、すでにデビュー前から応援しているファン達の興奮ぶりがツイッター上を通じてひしひしと伝わってくる。

同じツイッター上に生息している私はこのオーディション番組で別の子を応援していた。
私の推し君は歌もダンスも上手で、それも元々の才能の上にきちんと真面目に基礎を積み重ねたと思われる実力派で、誰にでも公平で落ち着いた性格から他の候補生からの信頼も厚かった。

脱落した理由はステージ上での存在感が少ないとか、思ったほど伸びなかったとか、まあいろいろ言われていたけれど、本当のところは分からない。私は単にデビューグループのコンセプトに合わなかったんだろうと思っている。だから、彼の実力がいかんなく発揮できる別のグループとして近いうちにデビューしてくれればと心から願っている。

20数名の中から最終的に視聴者投票とプロデューサー判断で選ばれた7名は、動画が更新されるたびにみるみる洗練されたアイドルの様相を帯びてきて、それを観る私の気持ちは正直複雑だ。

我が推しG君がこのグループのカラーには合わなかったということは納得がいくし、今さら入って欲しいとも思わない。でも、このデビューグループにG君がいないことは単純に悔しいし悲しい。諸手を挙げてデビュー組を応援する気持ちにもなれず、そんな度量の小さい自分が情けなくて落胆している。

こういう気持ち、何かに似てると思った。
そう、失恋だ。
この相手は私にはふさわしくなかった。それは頭では十分わかっている。
でも、この心に受けた深い傷はどうしたら癒されるのだろう。
この人とうまく行かなかったことに対する純粋な悲しみ。
相手が別の人と付き合い始めたことを知って幸せそうな様子を見聞きすれば、それを心から祝福したいのと同時に、その相手がどうして自分ではなかったのかと嫉妬に似た気持ちとの間で苦しむ。

そんな経験が私にもあった。結婚もある程度考えて数年付き合っていた人と破局した。
別れの理由は納得のいくものだったけれどあまりに突然だった。私はその後別の人と恋に落ちて結婚して家庭を持ち、彼も彼の望んだ人生を切り開いた。あの時、別の道を選んだことでお互いがそれぞれの幸せをつかんだことが、唯一、あの傷を癒してくれたと思っている。でも、そうやって納得できるまでにはそれなりの時間を有した。

他にも自分の中で「未解決案件」はある。
約3年前、私はそれまで長いこと気に入って働いていた花屋を突然クビになった。
ある朝、いつものように出勤したら、オーナーが神妙な顔つきをして今日が最後の日だと言われた。
思い当たるとすれば、その数日前のちょっとしたいさかいだ。それが原因なのかと聞いたら、それには答えなかった。面倒なことは無視して避けてうやむやにするタイプだということは既にわかっていた。そこでもう面と向かって議論する余地はないと思ってそのまま店を後にした。

正確には、その花屋はすでに私の気に入っていた花屋ではなくなっていた。店を開いて30年余り、60代になったオーナーがリタイアして、30代の女性に店を売り渡した。それまで働いていた従業員はとりあえず残留することになった。花屋というよりは店内にあった広いギフトショップのスペースが欲しかった彼女は、花屋の経営については全くの素人だった。今思うと、彼女は自分の店が軌道に乗るまでに私達従業員の助けが欲しかっただけだったのだと思う。従業員たちは、結局、その後、彼女のおよそ花屋の経営からはかけ離れたアイデアで新しいおもちゃに飛びついた幼児のように、無視されるか捨てられるか自分で辞めていった。特に、アイデアと称して店の在り方にしょっちゅう口出しをしていた私は次第に邪魔な存在になっていたんだろう。私も今までの花屋とは全く違う形になってどう動いていいのか分からず戸惑っていたし、あの店にもう私の居場所はなくなっていたし、その後、SNSで店の動向をこっそり覗くたびに(覗かなきゃいいのに)、私を追い出してまでやりたかった花屋がそんな形だったのか、という様子にも落胆した。だから、あの時辞めさせられて良かったのだとは思っている。

ただ、明確な理由のないままある日突然クビになったことにはかなり精神的にダメージを受けたし、その約1カ月後にリタイアした元オーナーの紹介で別の花屋に就職したが、実はクビになったことは今も尾を引いている。3年も経ったのに、今でも「あの時どうすればあの店にい続けられたのか」と言うことをたびたび考える自分に驚き呆れている。同じ業界にいるからどうしても思い出してしまうのかもしれないし、自分から決めて辞めた別の同僚とは違って、ずるずると気持ちを引きずっている。

オーディション番組の最終回、デビューメンバーが決定した後に、ゲストで来ていたKPOPトップアイドルのメンバーの一人がこんなことを言っていた。今日、デビューした人もデビューしなかった人も、今日のこの気持ちを忘れなければ、自分の夢は絶対にかなうというような内容だった。

あの花屋をクビになった時、私にはどんな夢があったのだろう。
今働いている花屋は、花屋としては真っ当だしお給料も悪くないけれど、私の好きなデザインではないし、職場の雰囲気もあまり良くなくて、楽しく働ける場所ではない。未だにあの3年前の思いを引きずっているということは、現状に満足していないということもあるだろう。つらかった恋愛の別れに一つの区切りをつけられたように、どうすればこの状況に一つの区切りをつけられるのか。まだ私には分からない。花の仕事をどのような形で続けていきたいのか、いくつかアイデアはあるけれど、答えはまだハッキリ出ていない。

今回デビューできなかったG君のことも同じだ。番組の途中で彼が脱落してから約2か月、番組が終わってから約1カ月半が経つ。デビューするにふさわしい実力と魅力を持っていると信じているファンの一人だけれど、本当にデビューするのか、いつ、どこから、どんな形でデビューするのかは全く分からない。デビューが決まった子たちは大きな事務所の後押しがあるから、きっと成功するだろう。それをG君は享受するにふさわしい逸材ではなかったのか。

新しく生まれ変わった花屋が、あんな経営で上手く行くはずがない、つぶれてくれれば私の気が済むのかも、と思うこともあった。それと同じで、G君のいないデビュー組が成功しなれければ私の気が済むのかも、という思いがちらりと頭をよぎることもある。でも、そんな風に自分の気持ちに決着をつけたくはない。あの場所は私にもG君にもふさわしい場所ではなかっただけで、決して私達に実力がなかったわけではないのだ。

幸い、G君に関しては、お互い励まし合いながらデビューを待ち続けようと応援しているファンの方たちとツイッター上で心温まる交流ができている。G君の人柄そのもののように、優しく温かく賢い人達が集まったファンダムだ。仕事の方も、信頼できる同僚もできたし、仕事もある程度自信を持って取り組めるようになった。どんな形なのかは分からないけれど、私にもG君にも輝ける場所と納得のいく形はあるはずだ。そこにたどり着くまでは、途中の色々な感情と闘い、その時その時でやるべきことを模索しながら一歩一歩進んで行くしかないのだろう。

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