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春、瀬戸内海種より

ある朝


二日酔いに頭を抱えながら起き出す。水を飲まなくてはとキッチンへ行くと、
真っ白なテーブルの上には4つの可愛らしい球体。

原始種のスカラベは、残像の違う愛し方を求めて、まずこのテーブルを作った。
彼はいつでも「あってほしい」を「ある」ものにする、僕らの創造者。

続く北陸種は、どこか不気味な案内役。破壊者の先輩たちを従えて。
塔の最上階に導いておきながら、自身と一緒に瓦礫の中へと突き落とす。

若き西日本種は、好奇心のおもむくままにコロコロと。
彼女の穏やかな足し算は、大きな掛け算ばかりしたがる僕らの救いになるだろう。

野生の北限種が抱える、強い生命力と、がらんとした空洞。
白く、澄み切った大地では、恥じらいも弱さも曝け出されてしまうのだろうか。

そんな彼らから届いたメッセージを、
酔いでふらつく脳にまかせてこう呼んでみる。

うんち。

思考の賜物とか日常の結晶だとかハイブリッド有機物とか、もっとそれっぽい、いい感じの呼び方があるだろうに、ストレートに、声に出して言ってみる。

「うんち」

するとちょっと楽しい。言葉を覚えたての時と変わらず、「うんち」って口にすると、自然ににやけてしまう。いかん、「うんちを口にする」っていう字面を見てもう一層笑えてくる。うちの3歳の甥っ子と同レベルじゃねえか。

さあさあ、日々肩肘張って、主体的に個性的に社会の持続可能性を求めて課題発見力を磨きながらゼロイチしなきゃと奮闘してる皆さんも、今回ばかりはご唱和ください。
「うんち!!!!」

日記=過去の亡霊との対話

大声で幼児語を叫ぶことで現代社会的ストレスを発散したところで、近頃昔の日記を読んでいる話をしたい。

きっかけは3週間前。まさに、この5匹がオンラインで集まった晩。
最近もの書いてる?いやーこういうの久しぶりなんだよね、前はよく文章書いてたんだけどさあみたいな話に。
そこで僕はドヤ顏で、はいはいおれ高校生の時毎日欠かさず日記つけてたよーとしゃしゃり出た。さらに調子に乗って、その集いと同じ日付の日記を読み上げてみせたりもした(我ながら可愛らしい、淡い恋心についての記述だった)。その時は単に、昔の思い出をみんなに披露して気持ちよくなっていたわけだが、その後このスカラベテーブルが動き出し、北陸種こと純平くんに糞玉が回ってきた時のこと。彼は壮大な冒険物語の結びとして、ベンヤミンのこんな文章を引用した。

「破壊的性格が生きているのは、人生は生きるに値いする、という感情からではない。自殺の労をとるのはむだだ、という感情からである」
(ヴァルター・ベンヤミン, 「破壊的性格」,1994年, 野村修編訳,                          『暴力批判論』所収, p.244)

この「自殺の労をとるのはむだだ」という一節を見たとき、ふと「読んだことがある」と思った。いやおかしい、僕はベンヤミンをまともに読んだことがない。でもこの考え方を知ってる...いや、「書いたことがある」はずだ。そうして引っ張り出したのが、例の日記である。該当する文章の日付を見つけ出すのに時間はかからなかった。すでに鼻の奥で、生暖かい、甘い湿気が立ち上っていた。当時17歳の自分に許可を乞うて、ここに一部引用したい。

テーマは、「人間は何故生きているのか」。
まず、この生きている瞬間というのは、産まれてから死ぬまでの間の時間だから、「産まれた後で、まだ死ぬ前だから」と言える。
ただし、生まれることに関して自分の力や意思は及ばないが、死ぬことはそうではない。死は選べるものだ。
ということは、「死のうといないから」生きているとも言える。(原文ママ)

では何故死のうとしないのか。
苦痛を恐れているということはもちろん考えられるが、ある種の薬を大量に飲めば、結構楽に死ねるらしい。その薬というのも、特に手に入りにくいものでもない。その気になりゃ、楽な死に方を選べる。
何故そうしないのか、その手間が面倒臭いから。

ということで、結論。「死ぬのが面倒臭いから生きている」
(2010年5月22日筆者日記より抜粋)

ばかばかしくて言うまでもないことだが、ベンヤミンの一節と僕の日記の文章では、それ自体意味するところも、文脈も、その背景も、全てがまるで違うし、比較するまでもない。
ただそれでも、僕は、この20世紀を代表する偉大な思想家の文章から、文化や哲学や人類史といった大それたものではなく、極めて個人的な歴史を喚び起こしたのだ。11年前、憂鬱をとことん突き詰めてその果てでもがき、稚拙な論理でなんとか自分の負の感情を肯定しようとした、ある梅雨の土曜日を。記憶の彼方にある、誰も知らないなんの変哲もない一日を、僕はくっきりと思い出した。お昼にたこ焼きを食べた後、霧雨の川沿いを散歩して、周りに人がいないのを確認して時折わざと傘を下げて雨に濡れてみたことを。家に帰ったあと、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの『ムスタング』を聴きながら涙を流す女の子の絵を描いて、出窓の縁で体育座りして、暗くなっていく外を眺めていたことを。

「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とはよく言ったもので、人は過去の苦しみを美化したり、適当な現象に当てはめてわかった気になったりする。当時高校3年の僕の苦悩も、<思春期>の一言で済まされてしまうものかもしれない。「若い時って、小さいことでも重大に思えて、くよくよしちゃうよね。後で振り返ればなんであんなことで悩んでたんだろうって思えるよ」と。だけど、このスカラベテーブルという場をきっかけに、かつての自分の生々しい息遣いに触れてみて、「はいはい思春期思春期、青かったわあ」と言えるだろうか。たとえ照れ隠しでそう言ってみたとしても、あとでこっそり、胸がチクっとするだろう。

ScribeするScarabとして

ちょい話が逸れてきたな。教育に携わる人間の端くれとして、「自分の知っている例や経験に目の前の若者たちを当てはめてしまう」ことの欺瞞に話を飛ばしたいのもやまやまだが、それはまた別の機会に譲ろう。今回僕がかつての自分の日記を引っ張り出してきたのはそのためではない。

月並みだが、目の前にある時間を「書き残すこと」の意味を、改めて確かめたかった。そしてそれは、かつての僕が知っていたもので、今の僕が失いかけてしまっていたもの。それを今回、4匹の仲間が、一緒にうんちを集めよう、そして固めて転がして大きくしよう、と言ってくれた。一緒に、と言っても、僕らが一堂に会することは当面はない。各々がそれぞれの土地で、糞玉を拵えて、真っ白いテーブルの上に残していく。次のスカラベがそいつをみつけて、その糞に含まれている食物の残骸に反応したり、いいじゃん香ばしいじゃんって気に入った糞はちぎり取って自分の新たなボールの一部にしたり。
ひとりではないけど、ひとり。そんなこのスカトロジック往復書簡に加わるうえで、僕は自分自身の糞玉を拵えるための「核」を探していた。新しい集合体を生み出す時、そこに必要になる核を。水蒸気が集まって水滴になるためには塵や埃が必要だ。今の僕からは叩いてもホコリもでてきやしない、だから「書き残す」術を知っていた過去の自分に縋ったのだ。そうそれはまさに僕にとっての誇り、Be proud of myself, yeh.

この「書き残す」と言う表現は<未来>を意識したものであり、日記に読み耽っている時、僕は<過去>の自分に対峙しているわけだが、「書き残す」ことが影響する時制はそれだけでない。ここでもう一度、<過去>の神宮くんにご登場願おう。君、糞玉の核なんだし、今の僕よりよっぽどいい文章書くからさ。もうちょい頼むわ。

初めは、二度と戻らない瞬間を残そう、そしていつかの僕に教えてあげよう。
そんな気持ちだった。

でも、未来のための記録は、
いつしか、それ以上に現在との対話になっていた。
(2010年筆者日記あとがきより抜粋)

特に補足することはない。<過去>の残像を幻視しつつ、<未来>に向けて足し算をしようとするなら、その行為それ自体が<現在>の僕に語りかけてくるはずだ。そして誰より、年中四月病にかかっているような<現在>の僕が、「書く」ことの熱を、救いを、逡巡を求めている。
ちなみにこのあとがきっていうのが11年後の自分にとってはすごく響くものがあるが、さすがに長いので全文は載せない。神宮くんも部活でお疲れみたいなのでここまででいいよ、ありがとうね。

その晩

さあさあなんとか、僕も踏ん張って、今日のうちに最初のひとつをひねり出せた。明日の朝を迎える僕は、今日と違う。何かを生み出した後の自分だ。そう思うと、心を掻き立てるこの春の夜の生温さの中でも、少し安心して眠りに就けるだろう。

小さくてころころしてるうんちの見た目はやっぱりなんだか笑えるもので、だけどそれは滑稽だからではない。親密さから湧き出る微笑みだ。かわいいなあほやほやのお前、湯気まで立てて。だけどじき乾いてカピカピになって、あげく「可燃性球状テクスト」とか呼ばれて火つけられちゃうんだな。寂しいけど、そうやって瓦礫になったら、またいつかの未来で拾いにいくよ。

ひとまず今夜はこいつを、他の4つと一緒に卓上に並べてあげて、
寝る前にコップ一杯の水を飲んでおこう。

そう思ってキッチンに入ると、白いテーブルの上にはもう何もない。

スカラベたちは天の川に導かれ、次の航行を始めている。

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