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バレンタイン・ディ ①

「バレンタイン・ディの思い出は?」と訊ねられて真っ先に思い出したのは、結婚適齢期を過ぎても“家事手伝い”を貫き通し実家に居座り続けた、派手で見栄っ張りの美しい叔母のことだ。

大人ばかりのなかで育った第一子のわたしはおませな小学生ではあったけど、祖母と叔母が毎年買ってくるデパートの手提げ袋に入れられた外国製の“キスチョコ”を、好きでもないただ分団が同じなだけのイケてない同級生3人に配らされるのが恥ずかしくてたまらなかった。
当時は“義理チョコ”や“友チョコ”なんて習慣はなくて、ピンクと茶色の大きなハートが貼り合わされたチョコレートや、矢印が刺さった苺チョコ、ハートの型に押し込まれたほぼピーナッツのガチガチチョコ、溶かして丸めただけの指紋付きトリュフもどきを、女の子たちは本命の男の子やカッコいい先生に渡していた。
だから、わたしがイケてない3人の男子に配るチョコレートが叔母から強要された“義理チョコ”だと認識されない場合、本命のH本に勘違いされることがとても不安だった。

学校にチョコレートを持ち込むのは表向き禁止されていたため、下校後に彼らの自宅を訪れなければならない。
叔母は三つの紙袋をわたしに持たせ、義理チョコの配達を促す。
わたしはしぶしぶそれを受け取り一旦は出かけたふりをして、時間を稼ぐために隣の月極駐車場のデッドスペースに設えた犬小屋で飼っている紀州犬のポチのもとに向かう。
止められた車で死角になっている直角三角形の安全地帯でポチの背中をさすりながら、同級生が遊びに出かけて留守になるのを待った。「ピンポーン」を押して応答がなければチョコレートを渡すことを免除されるのではないか、という希望をもっていたからだ。

そこで、ひとり遊びがデフォのわたしがあみ出した楽しい現実逃避が始まる。
(不安なことがあるなら“強い誰か”になりすませばいいじゃない)
わたしはドラマ「アンフェア」の“雪平”にマインドのチャンネルを合わせる。
雪平(わたし)はポチの家に置かれた不審な紙袋の中身を確かめる。
「これは、、、!!爆破装置だわ!」
(雪平:トランシーバーに向かって)「薫、そこにいる?オーバー」
(応答する三上)「どうした雪平オーバ?」
(雪平)「ポチの家に爆弾が仕掛けられてる。赤、青、どっちの線を切ったらいい?あと30秒で爆発するわ!オーバー」
(三上)「だめだ、時間がない!

「チョコレート・Bomをはやく安全な場所に!!!」

紙袋をひっつかみ駆け出す雪平(わたし)
首輪に繋がれた鎖がしなうほど地面を蹴って追おうするポチ
泣き叫ぶ叔母、迫りくる危険
「ごめんなさい、地球を救うにはこうするしかないの、許して!」
雪平(わたし)はT田家の郵便けにひとつ、双子のH部家にはふたつの紙袋を押し込み、ピンポンダッシュをかけ、頭を庇いながら駐車場に戻りポチに覆いかぶさる。

伏せて!!!

(第二話につづく)

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