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「濁った激流にかかる橋」(伊井直行著)は、天山酒造の銘酒”岩の蔵”の味わいだった

激流によって分断された町の右岸と左岸。それをつなぐ唯一の異形の橋。かつての小川は氾濫をくり返し、川幅は百倍にもなり、唯一の橋は拡張に拡張を重ね、その全貌を把握できぬほどの複雑怪奇さを示す。そして右岸と左岸にはまったく気質の異なる人々が住む。この寓話的世界の不思議な住民たちの語る9つの物語。諧謔的かつ魔術的なリアリズムで現代の増殖する都市の構造を剔抉した読売文学賞受賞作。(講談社BOOK倶楽部)

チェコ語の翻訳を手掛け、小説を書き、お菓子作りが得意で、編み物を趣味とし、猫を愛し猫と暮らす読書家の友人・Kさんの推薦図書ということで、伊井直行作品を初体験。

ホワイトカラーが住む富と知性の街・左岸と、ブルーカラーが住むスラム化した街・右岸。更なる氾濫を避けるために建設された堤防によって皮肉にも川幅を広げてしまった激流の流れる川。そのたびに増築や補強で“厚塗り”にされていく、たったひとつの不格好な橋。
この構造はまるで脳梁によって交信する右脳と左脳のようだ。
論理思考を司る左脳と、イメージや想像力・感情をコントロールする右脳。両者を連結する繊維の束である脳梁。
右脳も左脳もお互いを補い合うために役割を変えているのではない。依存ではなく、並行世界で共存しているのだ。どちらかが優れているということではなく、一方が欠けてしまったらヒトは正常に作動しない。
選民意識を持つ左岸の人々の後ろめたさ、持たざる者である右岸の劣等感。
学歴や生活レベルに関係なくひとは壊れてしまうし、同じように再生していく。
両岸を繋ぐ橋の歴史は“上書きモード“ではなく”挿入モード“によってより複雑で太い束へと更新される。

これは、どこかコルタサルの不条理小説のようなテイストを含んだ和製SF。
マッドサイエンティストが生み出した謎生物は登場しないし、
ラテックス製のピッタリとしたスーツを着た美女が、浮く乗り物で次元を超えたり、コンピューターのプログラムに入ったりもしない。
たとえ逃げきれなくなっても空を飛ばない。
そもそも住所は地球上のどこかだし、舞台となっているのは会いに行ける範囲のスケールの小さな並行世界。
コタツから手をのばせば一日に必要なものすべてに手が届くようなScience Fiction
つまり“六畳一間SF“が、この作品の小説世界だ。

構成も文体もかなりしつこいのだけど、粘り気の強い章は短くまとめられていたり時系列の配置などが工夫されているので、胸焼けせずに読めたのもよかった。
日本酒に例えると、佐賀県天山酒造さんの岩の蔵かな。。。
蜜のようにねっとりとした芳醇さがあるのに、食事を邪魔しないキレの良さ。
二日酔いもせず、たいへん美味しくいただきました。

“宇宙は左右非対称である。不均等だからこそ、この宇宙に「生」というものがある。完全なシンメトリーになったとき、全宇宙は死に絶えるだろう。(中略)不均等は危険でもある。そこから新しい生ではなく、不吉なものが生まれることもある”
(本文より)

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