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ミランダ・ジュライ「最初の悪い男」 虹みたいなものは、この世に虹しかない

43歳独身のシェリルは職場の年上男に片思いしながら快適生活を謳歌。運命の赤ん坊との再会を夢みる妄想がちな日々は、衛生観念ゼロ、美人で巨乳で足の臭い上司の娘、クリーが転がりこんできて一変。水と油のふたりの共同生活が臨界点をむかえたとき――。幾重にもからみあった人々の網の目がこの世に紡ぎだした奇跡。待望の初長篇。(新潮社より)

シェリルは、生活を”システム”と呼びミニマル化させ隙間を埋めることで、自分を害するものの侵入を防いでいる。 耳障り、目障りなことには妄想という包装紙てくるんで自分に都合よく改ざんするが、他人の感情には無頓着。
汚ギャルのクリーは、唯我独尊にみえるが自分が物のようにしか扱われないことに寂しさを感じている。
ルーティーンと妄想を養分に拡大してきたシェリルのお花畑は、そんなクリーによって踏み荒らされてしまう。

クリーが去り、フィリップには若いガールフレンドができ、クリーが残した赤ん坊のジャックを引き取ることとなったシェリルは、初めて誰かのために生きる苦悩を知って、きっと途方にくれたのでなないかな。

最初の気づきは、庭師のリックとの再会だった。
その身なりから、ずっとホームレスだ思い込んでいた彼は、家庭を持つ園芸好きな立派な青年だったのだ。

それをきっかけに、彼女は都合のいい現実のパッケージを剥がし始める。
傷付くことを恐れて幸せを放棄するのをやめ、むき出しの現実と闘い始める。 ジャックのために。

すると、かつて憧憬の的だったフィリップや、頼り切っていたカウンセラーのルース=アンの境遇を哀れに感じるようになり、
彼らを励まそうとする様は、少し滑稽だけどじんわりきてしまう。

”「虹に似たものなんてないのよ。 虹に仲間はいないの。 虹みたいなのものは、この世に虹しかないの。」
虹はそれ自身が目を奪う美の一つの種族だ。 虹はどれもぜんぶすばらしくて、ぱっとしない虹なんて一つもないし、色の欠けた虹も一つもない。”
(本文p294より)
”虹”ってLGBTのシンボルでもありますよね。
作中でもカップルの定義として男女の組み合わせだけじゃないよ、ということを示唆する場面もあって、
そういう表現をわざわざ織り込むのがスタンダードなのかは、原書を読んでいないからわからないけど、
岸本さんの翻訳だとそのあたりが非常にマイルドに伝わります。
この”虹”を”人間”とか”あなた”とか自分や大切な人、嫌いな人の名前に置き換えて読んでみました。

最後に、シェリルがジャックを連れてクリニックを訪れた時、ルース=アンに向けて歌った曲のことに触れておきたい。
ロックと育児を両立させた孤高のアーティストであるデビッド・ボウイが息子に宛てて歌った曲。
この曲を聴くたびに、この小説のことを思い出して少し勇気が出そうな気がするのです。

”KOOKS"  DAVID BOWIE(和訳は抜粋)
https://youtu.be/_7NifFA4QkE

僕らのラブストーリーの中に住んでくれないか?
後悔はさせないよ
靴を一揃え、君が吹くトランペット、ルール本も買った
君が周りからいじめられたときに何て言ったらいいか分かるように
もし君が僕たちと一緒にいるなら、君も素敵な変人になるだろうから
すぐに君は成長する、そしたらチャンスを掴もう
ロマンスに夢中な変人カップルと一緒に
そして宿題が君を憂鬱にさせるなら
そんなもの火の中に投げ捨てて車でダウンタウンに行こう


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