【科学】ヘルエスタを歴史する
[執筆 仮想通信社代表 ジョン欠地王]
リゼ・ヘルエスタ第二皇女殿下の祖国・ヘルエスタ王国。この国を我々はあまり知らない。そんな未知の国の歴史に紐解いていく。
まず前提としてヘルエスタは中国などのアジア圏にはないものとする。
ヘルエスタ帝国とヘルエスタ王国
ヘルエスタ王国を紐解く重要な手がかりがある。それは「かつて帝政を敷いていた」ことと「今は王政を敷いている」だ。この手がかりは「帝政」をしっかり知ることが大切だ。
言葉を知るには辞書が一番である。日本でもっとも有名な辞書であろう岩波書店の広辞苑で「帝政」を引いてみよう。
①帝者のまつりごと。帝道に基づく政治。
②帝王が統治する政治。政体。
つまりは皆さんもご存知の通り帝王が統治する政治形態である。では「帝王」とは。ここで再び広辞苑で引こう。
①一国の君主。天子。
②比喩的に、ある社会で強大な支配力を持つ人。
②は比喩表現のため関係は無いため①に注目する。①は一国の君主、つまり国王や皇帝をさす言葉である。
そしてここでヘルエスタは今「王政」であることが大切になってくる。現在ヘルエスタは王国であり、ヘルエスタ王冠を冠した国王、つまりリゼ様のお父様に当たる人物がいる。かつては帝政であり、王政に移行したならば、ヘルエスタには皇帝がかつて君臨していたことになる。
皇帝の辞書的意味は広辞苑で
帝国の君主の尊称。秦の始皇帝が初めて称した。
とされている。では歴史学的、西洋史的意味はどうだろうか。山川出版社の世界史小辞典改訂新版にはこう書かれている。
帝国の君主。他民族を支配する世界の帝国の意味もあるが、ローマ皇帝をその初めとし、後代の皇帝はローマ皇帝の後継者との観念である。キリスト教の守護者としての性格もここから由来し、キリスト教世界においては皇帝はただ一人との観念が生じた。
キリスト教の守護者としての皇帝はその後ヨーロッパで進む政教分離やナポレオンの登場、神聖ローマ帝国の崩壊、イタリア王国の教皇領侵攻といったカトリック教会の政治権力の衰退でその性格を失う。そのためナポレオンの登場以降は他民族を支配する世界帝国の君主、すなわち王の中の王として君臨することとなる。オーストリア帝国のフランツ2世の戴冠やドイツ統一の後にドイツ皇帝に即位したプロイセン王ウィルヘルム1世がその例である。
ヘルエスタっぽい例
さて、ヘルエスタに話を戻そう。ヘルエスタ王国はヘルエスタ帝冠を冠したヘルエスタ皇帝が君臨するヘルエスタ帝国であった。問題はヘルエスタが近世以前に帝国になったのか、以降に帝国になったのかが問題である。
近世以前に成立した帝国はローマ帝国に始まり、西ローマ帝国、ビザンツ帝国(東ローマ帝国)、フランク王国(カール大帝とカール3世がカトリック教会より戴冠しているため)、神聖ローマ帝国くらいである。そのため近世以降に成立したと考えるのがよい。
では近世以降に成立した帝国でヘルエスタのように王国に戻った国があるのか。類似した例としてハンガリーがある。
ハンガリーはオーストリア帝国のアウスグライヒの後にハプスブルク家をハンガリー国王に迎え、オーストリア=ハンガリー帝国となる。その後オーストリア=ハンガリー帝国は第一次世界大戦で崩壊し、ハンガリーは独立。人民共和国、ソヴィエト共和国となったのちに1920年、ハプスブルク家の人間を君主に迎えることとしてハンガリー王国が成立する。その後国内の反発や近隣諸国、とくに旧オーストリア帝国の支配下にあった国がこれに猛反対したためハプスブルク家の者が王位につくことは無かったが、ハンガリー王国は敗戦とともに王政を廃し、その後に再び全く同じ王を呼び戻そうとした歴史的にも極めて稀有なケースと言える。
だが、ヘルエスタ王国はかつてソビエト制が敷かれたことはないだろう。少なくとも皇女が自国の石油を賭博に出すことが出来るほどの王政が出来るほどに権力を抑制できていないのならば。
つまりは帝国の解体は緩やかかつ王朝交代を伴わずに行われ、その場合には戦争といった外部的要因から考えるのは難しい。欧米では近代の戦争で敗北した国は基本的に王朝が交代するか、共和制に移行するのが基本的だ。ドイツ帝国、イタリア王国、フランス第二帝政などなど枚挙に暇がない。
国民からアプローチ
「一部国民はマサイ族」ということも非常に重要になる。欧州は1960年代、旧植民地(主にアフリカ)の国民を自国の労働力向上のため移民を積極的に受け入れていた。つまりマサイ族はかつてヘルエスタの植民地であり、彼らはこの期間に移住してきた市民なのであろう。
地理からアプローチ
「フジサンタクラーヌ」も重要な手がかりである。火山というものは世界的に見ても集中したところにしかない。ヘルエスタは上記のことより欧州地域の歴史的性格を有しているため、欧州だとイタリア沿岸(べスビオ火山など)といった地中海地域に集中している。
まとめ
以上よりヘルエスタ王国の歴史は
・近世までに成立した王国であった
・欧州の広い地域を統治する帝国であった
・アフリカに植民地を有していた
・平和的に帝国は解体された
と考えられる。
以上がヘルエスタ王国に関する推察である。もう書くことがない(この時点で2000字近く)ので、ここで終わらせていただく。
ここまでのご精読ありがとうございました。