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『カオカオクラブ.mp3』神里雄大インタビュー

神里雄大の新作『カオカオクラブ.mp3』がドイツ・ブラウンシュヴァイクの国際舞台芸術祭「フェスティバル・テアターフォルメン」のプログラムとして7月11日(土)午前2時(日本時間)から配信される。もともとは“A Sea of Islands”というフェスティバルのテーマのもと新作『カオカオクラブ』を劇場で上演する予定だったが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響によりフェスティバルはオンラインで開催されることに。オンラインで作品を発表するにあたり神里が選んだのは音声作品という形式だった。作品のテーマは泡盛/焼酎。タイから沖縄を経由して日本に持ち込まれたとという説が有力な焼酎の起源を辿る旅には、近年の神里が扱ってきた移民や外来種といったテーマとも通底するものがある。文化もまた、人や生物と同じように伝播するなかで変化していくのだ。マレーシアの演出家・キュレーター・研究者であるマーク・テとのリサーチコラボレーションを経ての新作でもある『カオカオクラブ.mp3』はどのような作品になるのだろうか。作・演出の神里雄大に聞く。(インタビュー・構成:山﨑健太)

▼リサーチコラボレーションとは

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神里  そもそも作品の発端としては、Jejak-旅Tabi Exchange2018という企画でインドネシアのジョグジャカルタで自分のリサーチの方法について話す機会があったんです。そのときの枠組みがマーク・テと僕がそれぞれが自分のリサーチ方法をプレゼンテーションするというもので。ふたりともリサーチから作品をつくるということをやっているんですけど、僕と彼とではスタイルが全然違う。マークはしっかりと調べて歴史的な文脈などに照らし合わせてという、リサーチとしては王道のやり方であるのに対して、僕はとりあえず行ってお酒飲んでメモも取らずに面白い話を聞けたらいいなという感じでやってるので。
それで、一緒に何かやったらその対比が面白いんじゃないか……というのは制作サイドからの提案だったんですけど。(注:Jejak-旅Tabi Exchangeは『カオカオクラブ』の企画制作を担当するprecogの代表・中村茜がキュレーターを務める企画)。与えられたリサーチのテーマが沖縄という土地でという話だったので、それなら泡盛/焼酎についてやりたいと。本島だけじゃなくて周辺の、いわゆる離島と言われてるところをこそやるべきなんじゃないかというようなことは最初の段階から話していて、島を辿っていくやり方になりました。最初は沖縄周辺だけを調べていたんですけど、泡盛というテーマはタイにも繋がっていて、ちょうど2020年1月にマークがタイで何かやってるということで、合わせてタイでもリサーチをすることになったんです。
コラボレーションと言っても、大前提として、一緒に何か作品をつくろうという話ではないんです。お互い関心も違いますし、最初からアウトプットはそれぞれ別でやりましょうという話だった。だから、たとえば沖縄ではとりあえず10日間一緒にいて同じ場に行ったぞというだけの時間だったとも言える。行ったのは僕の方の焼酎というテーマに基づいて選ばれた四島だったので、マークを僕がアテンドしてガイドの役割をやりながら、僕は僕で、彼がいることによって地元の人との話が弾みやすくなったりする、みたいな感じで。マークがこのあと何をつくるのかは今のところ僕には全然わからない。

▼なぜ音声作品か

オンラインでの「演劇」の手段として映像を選択する作家が多いなか、神里はあえて音声作品という形式を選んだ。岸田國士戯曲賞を受賞した『バルパライソの長い坂をくだる話』(2017年初演)をはじめ、近年の神里雄大/岡崎藝術座の作品の多くが「語り」にフォーカスしていることを考えると、その選択はある種の必然だったと言えるかもしれない。

神里  劇場版『カオカオクラブ』の延期を決めたのは4月の半ばぐらいでした。その時点ではまだフェスティバル側は開催を巡っていろいろ動いてるという話は聞いてたんですけど。今回、キャスティングはもう決まっていて、全員が東京にいるわけじゃなかったんです。1人は国外からの参加だということもあって、もうリハーサルはできないだろうということで、フェスティバルの方針決定よりも早い段階で公演の延期は決めました。その時点で決まっていたのはキャスティングとタイトルだけ。
その後でテアターフォルメンの方からオンラインでやることになったという連絡が来て、じゃあ音声作品でいこうと。そう決まるまでにいくつか段階はあるんですけど、オンラインで何かやってみようってなったときに、まずあんまり時間がない。フェスティバルまで2ヶ月しかないうえに、フェスティバルで使用される言語がドイツ語なので、その対応とかも考えてると本当に時間がなかった。
映像と演劇の違いは何かと言ったら、目の前のその場でやってる人がいるってことなんですけど、目の前でやってる人がいるっていうのはどういうことかというと、見てる方がその場に立ち会って、自分の身体も影響を受けるってことなんじゃないかと思うんです。それはもちろん映像でもそういうことあるんですけど、何と言うか生の肉体同士の影響のし合いっていうところに演劇はあるのかなと思って。それが今回こういう状況になってしまって、なかなかそれができないってなったときに、オンラインという場でそれをどうやれるのかなというようなことを考えました。
僕は普段、自分が演出したり他の人の作品を観たりするときに、下向いたりしてけっこう舞台の方を見てないんですよね。でも音は聞いてる。それで、オンラインでも音を使ってなら直接的な意味で身体に影響を及ぼせるんじゃないかと思ったんです。音声を使って働きかけることで、観客自身が頭の中で想像して演劇が立ち上がる、みたいなことができればいいんじゃないかと。

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今回、バイノーラル録音という方法を使っていて、そうすると実際にその場にいるように音が聞こえるというか、自分の頭蓋骨のなかで音が鳴っているような音が録れるんです。最初は普通の方法で録音したんですけど、それだとまだ話し手と聞き手(観客)とのあいだに距離があった。オンラインという条件だと、ただでさえ生と比べて距離ができちゃうわけで、バイノーラル録音はその、話し手と聞き手との距離をなくすための方法として使いました。
それは観客への負荷でもある。演劇って面倒くさいじゃないですか。そもそも劇場に行かないと見られない。でもそこの部分がオンラインだとなくなっちゃう。だから別の負荷をかけたいと思った。自分のなかで音が鳴ってる、自分が喋ってるみたいな感じというのは、結構しんどいと思うんです。作品を見るとか聞くとかっていう距離は人を楽にさせる。そういう意味で、そこをなくして、ちょっとしんどいようなことをしてもらおうかというのはあるかな。
ただ、問題は先ほども言った通り言語が違うぞということで。アジアの話をしてるのに、いくら理解できる人が多いからといって、英語やドイツ語で話すというのはコンセプトに合わないし。英語ドイツ語はテキストを配布すればいいんじゃないのっていう話も出たんですけど、それだと今度はどこを喋ってるかわからない。それでどうしようかってなったときに、今回音響で入ってくれてる和田(匡史)くんが、ローマ字で日本語のセリフを書く案を出してくれて。そしたら音は追えるし、英語ドイツ語のテキストがあれば意味もわかる。この形なら能動的に聞く、参加する方向にもなるなと。


▼沖縄への入り口

【以下、作品の具体的な内容に触れています。】

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『カオカオクラブ.mp3』はひとりの女性が泡盛を飲みながらその製法や由来、親子丼のレシピや琉球王国の歴史、沖縄そばと宮古そばの違いなどをとりとめもなく話す、言ってしまえば酔っぱらいのよもやま話だ。真偽のほども定かではない断片的なエピソードが酩酊のなかに浮き沈みするその感覚は、もとのかたちから少しずつズレながら伝わっていくレシピの漂流にも重なっている。

神里  親子丼のことを何で書いたかというと、親の鳥と子の卵で親子っていうネーミングを説明すると外国人にウケるんですよね。それに親子丼ってけっこう世界中どこでも作れるんじゃないかと思うんです。レシピを説明したのも作ってみて欲しいなっていうのもあって。親子丼食べてみたいなとか泡盛飲んでみたいなとか思ってほしい。そうすると美味しそうに聞こえた方がいいじゃないですか。それで食器とか氷の音とかも入れることにしたんです。音声って色っぽいので、話し手から出る音っていうのはあっていいよねっていう話で。酒が注がれて氷がカラカラ鳴ってるのはけっこう聞いてられますよね。お前どんだけ飲むんだよっていうのもよくわかるじゃないですか。
そうやって興味を持ってもらえる入り口を用意したかった。ドイツのフェスティバル参加のための作品ということで、オンラインとはいえ聞くのはヨーロッパ圏の人が多いという前提で作っているので、細かい地理の説明などはここでしてもしかたないと思いました。それに、たとえば芋焼酎と泡盛の違いとかはわからなくてもいい。沖縄という土地、島々があってそこにいろんなものが出入りしてたんだなあみたいなのを想像してもらえたらいいなと思って作りました。もっとくわしく知りたくなったら検索してね、くらいのつもりで。

▼『カオカオクラブ』オンライン新作シリーズ

神里  今回、リサーチにせよ執筆にせよ、やりながら気をつけたのは、沖縄人として、みたいな意識にならないこと、代弁者のような振る舞いをしないことでした。あくまで外からの視点、あるいは沖縄につながりを持つ/持ちたい/感じたいと欲望する個人としての視点を失わないようにした、ということです。なので、劇中の女性も、東京に住む女という設定になっています。
もともと劇場で上演する予定だったときは日タイの女ふたり旅みたいな内容の作品にしようと思っていたんです。結果として今回の音声作品はそれとは全然違う内容になったので、オンラインで今回はじめたシリーズと来年予定されている舞台版とは、必ずしも直接的に繋がるわけではないかもしれない。今回は沖縄の紹介、泡盛の紹介というニュアンスが強く、奄美・沖縄やタイでリサーチしたことをまだまだ活かせていません。そのあたりのことを、次回以降のオンライン作品でやっていくことになると思います。形式はどうなるかわからないですけど。

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神里の近作では、テキスト(戯曲)はしばしば公共物のような開かれた存在として位置付けられ、舞台でそれが俳優=メッセンジャーを介して観客へと伝えられることで演劇が立ち上げられてきた。インターネット上に置かれた『カオカオクラブ.mp3』の音声とテキストデータもまた、世界中の誰もがアクセスできる公共物としてある。観客はそこにアクセスすることで、自らもまた泡盛や親子丼といった文化を伝えるメッセンジャーのひとりになる、かもしれない。日本語の音声は非日本語話者の生理にも直接的に働きかけ、一方でドイツ語・英語のテキストが観客自身によって読まれるのを待っている。インターネット上に置かれた音声とテキストいう作品形式は、神里が重視する「伝聞」の場としての演劇の新たなかたちだ。それは観客であるあなたを待っている。

『カオカオクラブ』特設ウェブ

Festival Theaterformen 2020

『カオカオクラブ.mp3』

作・演出:神里雄大
出演:浦田すみれ
音響デザイン:和田匡史
ドラマトゥルク:玄宇民
プロデューサー:黄木多美子(precog)
プロジェクトマネージャー:水野恵美(precog)

英語翻訳:オガワ・アヤ
ドイツ語翻訳:Jerome Mermod
協力:平岡あみ、小川恵祐、鷲尾英彰、森下スタジオ

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共同リサーチ:マーク・テ
企画制作:株式会社precog

主催・製作:一般社団法人P、岡崎藝術座
共同製作:Festival Theaterformen 2020
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京、公益財団法人セゾン文化財団(助成事業:南方から「歴史」を読み換えるリサーチコラボレーション)

協力:国際交流基金アジアセンター、国際交流基金バンコク日本文化センター、Jarunun Phantachat、Teerawat Mulvilai


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