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モザンビークの独立闘争/African Stream

2023.06.25

今日、モザンビークは #ポルトガル からの #独立 を祝う。

1975年6月25日、約4世紀にわたる植民地支配に終止符が打たれた。

しかし、 #モザンビーク の自由は、苛烈な武装闘争の末にもたらされた。

その先頭に立ったのは、マルクス主義のモザンビーク解放軍(FRELIMO)を率いたエドゥアルド・モンドランだった。

彼は1969年に暗殺され、ゲリラのカリスマ的司令官であったサモラ・マシェルが後任となり、植民地支配後初の大統領となった。  


しかし、彼が政権を握っていた時代は、決して楽なものではなかった。

彼は、マラウイやローデシア(ジンバブエ)と南アフリカの人種差別政権の支援を受けたResistência Nacional Moçambicana(RENAMO)の反乱軍と戦った。

彼らは農村部の住民を標的にし、発電所や橋などの主要な経済・社会施設を破壊した。

モザンビークの経済を麻痺させ、マチェルは南アフリカのアパルトヘイト政権と不可侵条約を結ぶことを余儀なくされた。

モザンビークは協定を守ったが、南アフリカはマラウイ政府を通じてRENAMOを支援し続けた。

1986年、マチェルは南アフリカ上空の飛行機墜落事故で死亡し、この悲劇の背後にはプレトリアの存在があると非難された。

その後、RENAMOへの支援は減少し、1992年には100万人以上の命を奪った残虐な内戦を終結させるため、フレリモとの和平協定に調印した。

それ以来、モザンビークは著しい経済成長と社会発展を遂げている。

(了)

引用元

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