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路線バス 魔王城行き

 かつてあまねく神の聖地と呼ばれたニネエフの高原とその都は、魔王の手により一晩にして地獄と化した。悪魔と魔獣は跋扈し、緑と土壌は汚染され、それから20年もの間どれほどの民が殺されたか見当もつかない。

 そしてそんな魔境において唯一営業が続いている路線バスが存在するのだという。ならば一介の旅好きとして一度乗ってみない訳にはいかないだろう。

 早速、その路線バスの途中駅のある北ニネエフ駅前のバス停へやって来た。始発からの乗車ではないのは、この駅が人間の支配地域からのアクセスが最も容易なためだ。駅と言っても鉄道は当駅の7つ手前で運行を停止しており、そこから先は線路を徒歩で辿る羽目になった。1つ手前では駅舎そのものが馬鹿でかいミミックの魔物に成り果てている有様で、お気に入りの外套を連中の返り血で汚してしまった。

 こんな土地にバスが通っているなどと信じられないが、人の理から外れた世界と言うのは信じがたい出来事こそ常であるらしい。7時20分、王都中心部のものと同じ車種の、何の変哲もない中型のバスが定刻通りにやってきた。『魔王城行き』との電光掲示を輝かせながら。

 車内の席は虚な亡者どもによって9割方埋め尽くされていた。後方左側の空いている場所に座ると、隣客の姿に目を疑った。

 それは幾度ニュースで目にした、第67次魔王討伐遠征に向かった勇者……の生首。

 それを見せびらかすように右手でブラ下げていたのは、むせ返るような瘴気を放つ黒い甲冑の魔人であった。

「不敬にも四天王たる儂の隣に座る者がいたか。この生首のお仲間かね」
「アハハ……す、すみません」

 こんな状況から絞り出された言葉が、さながら普段の通勤風景にありそうなものだったことが自分ながらおかしく感じられた。四天王は続けざまに語りかける。

「しかし殺すのは降車後だ、車内で騒ぎを起こしダイヤを乱すのはよそう、魔王様は遅刻に厳しいからな……」

 冷や汗が頬を伝った。

【つづく】


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