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ケンタウルス調教助手

 ヘロ子は5年前、F1レーサーになってモナコを制する夢を諦めた。なぜなら彼女は体重が495kgもあったからだ。

「オラオラーッ!相変わらず走りに集中が見られませんね!」

 ヘロ子は今、モナコの市街地ではなく栗東トレーニングセンターの坂道を駆け上がっていた。4本の脚に力を滾らせ、敷かれた木片を蹄鉄で蹴り、そして2本の手をメガホンに見立て並走馬に檄を入れ続けていた。何を隠そう、ヘロ子は尋常の人間ではなく栗毛のケンタウルスなのだ。

「気合入れるのです!」
『だってムネがドキドキするの!ヘンだもの!』

 ケンタウルスは馬との意思疎通が可能で、その力を買われ調教助手としてスカウトされたが、このマッコリガールという牝馬の心中は未だ計りかねている。マッコリは怪物の素質と期待を背負いつつも、思うように走らず2勝クラスに留まっている。秋の大一番秋華賞を目標に定めているが、来週の前哨戦ローズSで結果を出さねば本番の出走すら怪しくなるだろう。

『なんかカラダがくろくて、アタマがしろいのがずっとあたまに』
「なんと!それは他のお馬さんです?」
『ウマってなに?』

 結局マッコリは目標タイムを出せず終い。主戦の一寿騎手と村正調教師は苦い顔だ。

「この調子では来週の出走回避も視野に……」
「アホ!そんな無責任が許されるもンか!」
「お二方、まだ希望は潰えてません!」

 汗をタオルで拭いつつ、ヘロ子が2人に詰め寄った。「彼女の抱える問題が推測できました。恋煩いです」

「バカ言え!」「そんなファンタジーがある訳」2人は訝しむが、ヘロ子は主張を曲げない。

「それが本当らしいのです、どうやら黒鹿毛で白い顔……メンコですね、が頭から離れないそうで」
「まて、それってまさか」

 一寿は感づく、黒い馬体に白のメンコ、現役で当てはまる馬といえば、同世代の二冠牝馬で秋華賞では最大の障壁になるだろう相手……
「ユリノハナに恋しているのでは」
「禁断の恋か!?」

【続く】

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