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センパイ・スクランブル

 とにかく驚いた。だって憧れの凪先輩が下校時、遥か上空から垂れる糸を登って帰宅するのを見てしまったのだから。

 えっ、と私の気の抜けた声が、廃ビル裏の空き地に響いた。先輩は掴みどころのない人物で、例え親友でもどこ住みなのかも知らないらしい。それで気になり、帰宅中の先輩をこっそり尾行してしまった。けれど、まさか空の上にあるなんて。

 頭上で銀のロングヘアが風になびいていた。先輩は疲れたそぶりも見せず、淡々と空の向こうへ上っている。

「けど、やっぱ綺麗だなぁ」

 こんな暢気な心持ちで、私は小さくなっていく先輩を眺めた。途中首が痛くなったので空き地の真ん中で寝そべる。『帰り遅くなる』と母にLINE。一体どこまで登るのだろう。その先には一体何が……
 そう考えていた時だった、凪先輩の頭上を謎の巨大フリスビーが横切り、糸を切ったのは。

「うわーっ!」

 落下から一泊遅れて悲鳴が届く。そのまま先輩の身体は風にさらわれ、いずこかに消えてしまうのだった。
 
 えっ、と抜けた声がもう一度響いた。

★★★

 校舎の窓から差し込む朝日が温かい。吹奏楽部のチューン音、3年生の合唱練習がくぐもって聞こえる。さよならの向こうに、夢は天高く。私を包んでいる世界はどこまでも前を向いていて、私だけが違った。 
 

 あれから2日経っても凪先輩は姿を見せない。先輩のクラスメイトの方に聞いても何も知らないと言う。あの出来事はただの悪夢ではく現実だったのだろうか。やっぱり先輩は落下死してしまったのかも……

「どした、そんな世界の終わりみてーな顔して」

 突然呼びかけられ顔を上げると、諌山先輩が目の前に立ち塞がっていた。諌山先輩とは中学以来の知り合いでそれなりに親しい。汗の量を見るに、先輩が所属する巨大フリスビー投擲部の朝練が終わった後のようだ。

「ええと、凪先輩が心配なんです」
「アイツ?丁度オレも探している所でさ」

 先輩の背負う巨大フリスビーが床と擦れて音を立てる。

【続く】

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