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みどり

私はいつからここにいるんだろう?
私は誰だろう?
わからない。
ただ、空気と溶ける自分。
浮遊する。
風に流され、空に飛ぶ。

手を見ると透けていた。
電信柱に触ってみた。
通り抜けた。
電信柱に触れない。
透けている、物に触れられない。そして、重力に縛られない。

私は心だけ。

肉体がない。

そう、きっと私は幽霊。

結構平気なもんだ。
私は別に何も思わなかった。
だって、幽霊?
だけど、幽霊。

何も覚えていないから。
戻りたいと思うこともできない。

「無」だ。

何で自分がここにいるのかもわからない。
虚ろな存在。

ヒマだった。
その変わりに考える時間は腐るほどあったけど。
ボーっと一日を過ごす。


この世で一人になった私。
誰も私に気づいてくれない。
人はいるのに。
鳥は飛ぶのに。
電車は走るのに。
車は動くのに。

私は誰も知らない。
誰も私を知らない。

この世でたった一人になった。
コドク。
幽霊ってもっと万能だと思ってた。
なんで精神(こころ)だけなんだろう?
とっても不安定だ。

心だけじゃ、存在できない。
終わりが見えない。
慰めてくれる人もいない。

寂しい。
寂しいよ。

幽霊は肉体がない。
泣くこともできない。

どうしたらいいんだろう?
もう、耐えられない。
耐えられないのに、終わらせることができない。

壊れていく音がした。


 花屋の片隅。
 花がたくさんある。
 それだけで、心は和む。
「ええ。友達が結婚するんです。お祝いに」
 笑顔は綺麗。
「先輩が卒業するんです!」
 そう、終わりがくる。
 終わりがくるのが、自然なんだ。
「おめでとうございます」
 そう。笑顔は綺麗。
 男の人が花を売るのってどうよ?
 最初はそう思ってた。
「そうなんですか。それは寂しくなりますね」
 言葉が優しくて。
 仕事だから。
だけど、邪気は見えなくて。
笑顔が素敵すぎて。
私は恋をした。
お花屋さんの彼の名前は榊原海斗といった。齢は十九歳。大学生の花屋でバイトする男の子だった。

灰色だった心に色がついた。
人生薔薇色!
っと、幽霊だから人生終わってるのか。
じゃ、幽霊人生薔薇色だ!


「ダイスキ」
海斗の耳元でささやく。
だけど、海斗に届かない言葉。
花を持った海斗は愛らしかった。
愛らしい。
男に使う形容詞じゃない。
だけど、海斗は本当に可愛かったのだ。
目はクリクリしてるし、髪はサラサラだし、笑うと犬歯が出て可愛いし。
ちょっと背が低めの童顔だけど、とにかく、男らしかった。
同じ職場の女性が重いものを持とうとしたら憎まれ口を叩いて、気を逸らし自分が持つ。
なんて奴。その女性はきっとそう思ってる。
だけど、幽霊の私にはわかる。
海斗の優しさがわかりにくいだけだってこと。本当はすごくすごく優しいってこと。
惚れた欲目かもしれないけど。
きっと幽霊でずっと見ていなければわからなかったと思うけど。
それでも、海斗の側にいるのは楽しかった。
しかも、どうやら、海斗には今、彼女がいないようだ。その話になるとフッと気持ちを塞ぐ。
きっと、辛い過去があったに違いない。これは私の女のカンだ。

そこで、ふっと気づく。

私にはチャンスがもう、ないんだ。
どんなに期待しても、私は幽霊なんだ。
海斗に私が見えるはずもない。海斗に触れるための肉体もない。
何を……何を目標に生きていけばいいの?
幽霊である私。
どうしたらいいの?
「泣かないで」
 海斗が突然つぶやいた。
 目をつぶっていたし、本当に空気みたいに軽い声だったから理解するまでに時間がかかった。と共に理解するまで時間がかかるなんて普通の生きてる人間と変わらないと思って笑えてきた。幽霊も変わらないんだ。心は。人間(ひと)と同じ。
「泣いたら俺が困る」
 なんだろう?
 前に聞いたことがあるような気がする。この声を。この言葉を。あいかわらず、目を閉じたまま海斗は座っている。花屋のバイトの帰り道、公園の木の下でだった。
「みどり……」
 私の中が一度、真っ暗になり、次の瞬間、カメラのフラッシュのような強い光を感じた。それはフラッシュバック現象というのではなかっただろうか。


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