5年ぶりに連絡をくれた思い出せない知らない男
5年ぶりにマッチングアプリで私と知り合ったという男から、メッセージが来ていた。
「おっひさしぶりぶり♪」
申し訳ないが、全く記憶がない。相手のアイコンに載っている顔写真を何分か見つめてトイレに行って冷静になって思い出そうとするも、思い出せない。おまけに年齢不詳な雰囲気である。
もしかして深くて甘い関係を持った人か?と、あらゆる自分の中の記憶の履歴を探しても出てこない。
困った。約4年前に、わたしはスマホが壊れメッセージ履歴も消えてしまったのだ。データのバックアップもしていなかった。直近で連絡を取り合っていた友人たちとは自分からSNSを通してつながり直すことができた。こういう時のためにSNSはあるんじゃないかと思った。
しかしこの男は誰だ。
「おっひさしぶりぶり♪」のテンションからするに、5年前に相当打ち解けてたはずだろう。音符マークを使いたくなるようなご機嫌な対象がわたしなのか、それとも普段使いとして音符マークを使っているのか。何も分からないんだ。
「お久しぶりです!」と私は送り返した。
「なんで敬語?」と数秒後に返ってきた。
タメ口をきいていた仲ということが分かった。
「分かんない」
「トーク履歴整理してたら、君を見つけてさ。どうしてるかなって。5年前、盛り上がったよね。あの日から俺たち変わったよね」
何でどんなふうに盛り上がったというのだろう。もっとディテールを書いて送ってこいよ。昔話をぼかすんじゃない。雰囲気だけで思い出に浸るな。いやしかし怖くて聞けない。昼部門?夜部門の話か?わたしはたしかに5年前から大きく変わったが、あんたの変化は知らない。そもそも変わったのか?元を思い出せない。
こういう時、大体その頃よく遊んでいた渋谷か新宿の話をしておけば繋がる気がするので、一か八かで投げてみる。
「うん。渋谷も結構変わったよねー。あの頃とはかなり違うし」
東京は常に変わっているもんだから、これで大丈夫。
「渋谷?まぁね。でも5年前、池袋の飲み屋で将来の夢をお互いに発表したじゃん。俺、ほんとに叶えたからね」
渋谷でも新宿でもなかった。初対面で、将来の夢を発表する仲?相当気持ちよく酔えていたに違いない。
「まじか笑」
「ウケるよね。ほんとに人との縁は不思議っつーか。諦めちゃダメだよね」
「わたしはまだ追いかけてるよ」
自分が何の夢を発表したかも思い出せないけれど、まだ叶えていないことにしたほうが安全だ。
「きみなら出来るよ。だって俺が5年ぶりに連絡した女だぜ…?」
「自信出てきた。あの頃もそうやって元気づけてくれたよね」
わたしは知らない過去の中で泳ぎながらメッセージを送ることを決意した。この人はきっと励ましてくれるタイプだろう。
「まぁ人を応援したい気持ちは昔からあるしな。でも俺は相手の背中を押すだけ押して責任は持たないズルいやつだけどね」
気持ちよくなってきた。ズルいやつポジション。かっこいい。
「電車の音も目つぶって聞いたよね。酔って聞こえる音って、なんであんなに感動するんだろって」
「すこし泣いた覚えある」
「泣いてた、君は泣いてた、酔うと感動してしまうと言っていた」
「引いた?」
「いや俺も泣いてた」
お前もかい。よかった、どんどん奇妙なテンポで会話が成り立っていく。たしかに私は深酒をすると、目の前の世界がキラキラして見えて泣いてしまう。感動した分だけ涙を出したい根性になる。感情を分かりやすく物質化したい欲望にかられる。先日も、泣いてしまって相手に弁解することが恥ずかしくて世の中を切るようなツイートをして心のバランスを取ったばかりだった。反省。
「2人の写真、送ってないやつあったから送るわ」
彼はレンズの前に突き出したピースサインをした2人の写真を送ってきた。辻ちゃんと加護ちゃんのアイドルユニット「ダブルユー」の「W」の形を表したピースの仕方だった。
「ダブルユーじゃん」
「ずっとダブルユーです!を連呼してたからね」
「ダブルユーではないよね」
「俺も何回もそう言ったんだけど、だんだんとどうでもよくなった覚えがあるよ」
ダブルユーをした仲。そこまでしたなら、忘れてちゃいけないだろう。なんだかわるいことをしている気分になってきた。忘れてしまうって、こんなにつらいことなのか。
「ま、また5年後くらいに連絡するね」
男はあっさりとメッセージを終わらせた。また会いたいとかじゃなく、純粋に連絡を送ってきてくれたんだ。会いたくなっている自分がいる。
「またダブルユーしよう」
「会うか分からないけど、その時はぜひ」
彼の叶えた夢がなんだったのか、泣くほど感動してなぜそんなに盛り上がったのに忘れてしまったのか、あの頃の私はデートしすぎていたのか、もう何も思い出せないが友情を取り戻した気持ちになった。
まだこれからも蓋をした記憶の底から、あらゆるものが浮かんでくる気がする。これから歳をとってどんどん忘れていっても、急に昔話をしにくる使者みたいな人が目の前に現れるんだろう。
こうやって書いていると違う人のことを思い出してきた。一体どうなってるの、脳細胞。
わたしはまた相手だけがあの頃に戻って喜んでいたら、それに合わせてしまうズルいやつになるだろう。それは先に謝っておこう。すみません。
思いっきり次の執筆をたのしみます