【日曜興奮更新】味

「俺、セブンのコーヒーが一番美味しいと思うんだよね。」

21歳と19歳の二人、何もないこの街にはセブンイレブンが目立って、デザインとマシンが新しくなったセブンカフェに通うことが夕方デートの一部となっていた。

人がいないから汚れてない東京名水100選に選ばれた川辺で、ホットコーヒーを飲む。正直、ファミマのコーヒーのほうが美味しいと思うし、でも好きな人がこれがいいんだっていうなら、否定することもない。

飲み終わって、彼は言う。

「なんかいい日だね。そうだ、これから実家に挨拶に来ない?」

彼の実家はここから徒歩15分ほどで、いつか挨拶に行きたいと思っていたので、ついにこの日が来たのかと思うと喉が渇いてきた。

その日、東久留米ではお祭りがあっていて、屋台が溢れ、この街にこんなに人がいたんだと驚いた。

「美味しいよー」「出来立てだよー」

こういう楽しい声にはつい足が向かう。りんご飴を指差して「これ」と言うと、ひとつでいいのか?とパンチパーマのおじさんがきいてくれる。うん、男とはシェアをして愛を深めることをしたいので1つで構わない。

「そんな大きいの食べれんの?」
「うん、君の実家で食べようよ。」
「おっけー。」

彼のお母さんは大のブラックサンダー好きらしいので、またセブンに戻り何個も買い込んだ。

ピンポン。短く押して響く音に、彼が家族にだけ見せる気を遣わない雰囲気を感じる。

「かぁーさん、前言ってた彼女だよ。」
「わぁ、◯◯ちゃん?」
「はい、あの、これ。好きだってお聞きして。」

袋に大量に入った黒いイナズマを見て、お母さんは口角が上がり、すぐ中に招き入れてくれた。

靴を脱いで、玄関に上がったときに彼の中学生の弟が階段から身を乗り出し「女だーーー!」と叫んだ。

緊張で固まっていたのに、思春期の男の子の姿を見て、女感をもっと出してやろうという気持ちになっていく。

「付き合ってんのよ。」と弟にこっそり言うと「やばーー、ばかじゃん。でもすげー。兄ちゃんが女連れてきたぁ!え、女じゃん。金髪とか大丈夫なの?ねぇ。女ーーーー。」とパニックになり、2階へ走って消えてった。

かわいい彼氏の弟もかわいいなんて、私はツイてるのかもしれない。

リビングに入るとお父さんもいて、部屋の端でティッシュを丸めて投げていた。その先には、よく話には聞いてきた賢いインコの丸がいて、ティッシュを拾って持ってくる遊びをしていた。

「どうも。お付き合いさせてもらってます。丸ちゃん、すごいですね。楽しい遊びですね。」

「えっと。これ楽しそうに見える?」

こちらを向かずにティッシュを投げ続けるお父さんの姿は異様だった。

そして、私と彼らの夜ご飯は始まった。

食卓に座り、お母さんが台所で煮込み料理を温めなおし、大皿に盛り、目の前に出す。からしれんこんや、唐揚げもあって、盛りだくさんだ。

なぜかお父さんの器だけは用意されてなく、ため息と共に自分で食器棚から市松模様のお茶碗と箸を目の前に置いてる光景が右斜めにあった。

「いただきます。」
「いただきます。」

せっかく作ってもらった料理、丁寧な感想を言いたい。まずは家族の皆さんの反応を待とう。

最初に彼氏が、いつもよりハキハキとした口調で「実家の味いいわ。やっぱり俺、一人暮らし向いてないわ。料理まじでめんどくさいんだよね。」と。

次は弟が「うんま、今日ご飯何合炊いてる?」と。

お父さんは「このあと、寿司とろうか。」

わたしも続いて感想を。ひと口食べてみると、なんでだろう、全てがメロン味。基本はその料理の味なのに、上からメロンを絞っている、そんな味なのだ。

自分の味覚がおかしいのかと何回もかきこんだけれど、メロンはメロンとしてそこにいて、わたしとお父さん以外が喜んで食べてる状況が怖くなっていく。

「美味しそうにみえる?」

そうお父さんなら、言うのかなとチラチラと彼に視線を向けたが、キムチばかり食べていて全てを上書きしているように見えた。左手でスマホをいじり、どこかに連絡をしている。

今日来てから、お母さんとお父さんは、一言も話さないし、目も合わせていない。

家族の会話は、常に父母のどちらかが不在で、進行していく。私も顔を左、右と向きを変えて、2つの世界を行き来する。

ピーーーーーンポーン。

「出前でーす。」

玄関に一番近い席の私が立ち上がり、玄関に向かう。寿司だ。2人前だ。

食卓に戻り、ゆっくり蓋を開けると、全ての寿司が左端に寄って潰れている。

「美味しそうだな。どれ食べる?」
お父さんが初めてこちらを向いて聞いてくれた。

「マグロで。」
「やっぱりマグロだよなー。」

集合し潰れてしまった寿司は、左右に振られると元の位置に戻りながらネタとシャリが分解されていった。それを一つずつ丁寧にシャリの上に乗せていくお父さんは穏やかな顔をしていた。

メロン味の次は、ちゃんとしたマグロ味で安心して食べることができた。

お母さんは「わたし、寿司嫌いなんだよね。」と言いながら、私が渡したブラックサンダーを噛み砕き、ほうじ茶でごくごく流し込んでいく。

弟も「寿司って、魚をご飯の上に乗せただけだよね」と生意気だ。

彼氏は、とっくに食事をやめてインコの丸ちゃんにティッシュを投げ、「食べ終わったら、ちょっと上あがってて」と、2階の部屋に待機するように言った。

本棚にはデザイン関連の本が大量にあり、一冊、魯山人の本もあった。

おいしいとはなんだろう、美食とはなんだろう。

今日の味覚は、どこかおかしい。誰かがおかしい。

持ってきたりんご飴を舐める。当たり前に甘くて美味しい。寿司につづいて、確実に美味しいと思えるものが再現されていることに安心し、食べ進める。

階段を上がる音がして、振り返ると、嬉しそうに「どう?お母さんの料理おいしかったでしょ」とマザコン丸出しの男が立っていた。

すっと首の後ろに手を回して、抱きつく。

「そうだね、初めて食べる味もあって、うん。ありがとうね。りんご飴食べる?」

私の口の中は、甘い飴の味で幸せになっているから、彼もそこに早く合わせてきてほしい。

ひと口かじると「なんか甘くないね。これ。」と押し返された。

だと思ったって、キスはできる。

舌を絡めていくことは恥ずかしいし、しないタイプだったけど、今日は大胆にいこう。息が荒くなって、目と目が合うと、やっと波長があった気がする。

「えっちな気分になってきた。」
「俺も。」

甘い味が彼に移ったのに、同じ気持ちというのは興奮というところだけで、今後もずっと分かり合えない私たちの始まりを今夜は予期していた。

りんご飴は半分残って翌朝、ひと舐めして捨てた。

思いっきり次の執筆をたのしみます