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読書メモ 『北朝鮮不良日記』

『北朝鮮不良日記』(白栄吉(ペクヨンギル)著、李英和(リヨンファ)訳、文春文庫)

北朝鮮のヤクザ本という変わり種。強力な支配階級がある国柄なのでいわゆる“シノギ”もマイルドで密貿易や泥棒が主だ。ちょっとオリエントでも味わうか、と対立組織との抗争や成り上がり要素を期待した人は肩透かしを食らうだろう。北でヤクザになるにはいい家柄じゃないと難しいらしく、アウトローなのにちょっと品がいい。

この自伝は大体80年代の話だ。著者は1970年生まれで、中1くらいでドロップアウトする。愚連隊の先輩と全国を放浪し、窃盗したり強盗したり、わりと愉快な道中を過ごす。「移動の自由あったんだ」と正直思いながら、何か懐かしいような感じを受けた。本で読む昔の日本のヤクザに似てるのだ。行く先々で仁義を切り草鞋を預ける世界と。

このあたりは放浪記みたいで色々興味深い。10代前半に全国を周り色々な任侠と出会う。股旅を終えた著者は自宅に戻ってからは地元で組織を立ち上げる一方、エリートコースにすんなり復帰する。なにせ家は革命烈士の身分でコネもある。家にカラーテレビさえあった。上流から眺める北朝鮮社会はどこか牧歌的で、近代社会というよりも封建社会を思わせる。

賄賂は受け取ってくれなくなったらマジ危険、盗みは活発でソ連大使館に盗みに入るやつまでいる、殺人は厳禁、専門機関でテコンドーの裏技を習う、新人は折々でひたすら殴られる、ちょくちょく公開処刑が行われる……最終的には投獄され亡命するのだけど、著者はその時わずか二十代半ばだった。

強力な権力者が支配する社会ではヤクザは表立った経済活動はできない。特に社会主義国では商売すらできない。気まぐれで財産の没収や身柄の拘束がいつ起きても不思議ではない。だから彼らは民と一体化し、しのいでいくしかない。封建制度はヤクザの生みの親なのだ。なので全国の任侠ネットワークも客人をもてなす精神も昔の日本のそれとよく似ている。もし江戸幕府が現代まで続いていれば案外こんな感じだったかも。そういえば北にも将軍様はいるしね。

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