みそぎ

ある春の日、滝の前に立っていた。

スピリチュアル好きの友人から「滝、打たれに行こうぜ!」とマック行こうぜくらいのノリで滝行に誘われたのだ。
暇だしとファストフード感覚でオッケーしたものの、いざリアル滝を目の前にしてちぢみあがった。

そこは電車をのりついで2時間。小さな温泉街にある由緒ただしい神社の滝。
拝殿の横をせせらぐ清流はおだやかな小川だったが、上流へいくにつれ本気ぶりをみせ、たきつぼ部分は激流!とまではいかないまでも白くしぶきを上げ「万が一」を思わせるに十分な迫力をはなっている。

先ほど、保険の加入と同意書にサインさせられたのもボディブローとしてじわじわ効いてきている。
来がけのタクシーの運転手さんの「あの滝ね~。よくでかい流木なんがが落ちてきてますよ」という無邪気なことばもまた。

これが…滝。


大自然を前にすると人間がちっぽけに思えてくる。
この荒ぶる流れに身をまかせれば邪念も落ちるだろう。死ととなりあわせで生が浮き彫りになるように。
おそろしさとは裏腹に、心が落ちついてくるのを感じた。
次にこの滝から出てくるわたしはきっと、清らかなくもりなき眼をした私であるはず。
滝のスケールとどこまでも透明な流れに心洗われ、背筋をのばした。


このたびの滝行体験の参加メンバーはわたしと友人、地元の観光協会の男性たちが5人ほど。あと取材目的の人がちらほら。
絵としては観光の目玉として滝行がウケるかどうか地元民たちがトライアルしてる中、よくわからないスピリチュアル女が2人まぎれこんだ、みたいな感じである。すみません。


滝行のユニフォームである白装束に着替えるわたしたち。

「すみません!わたしもおじゃましますー」

と、40代くらいの女性の一人が入ってきた。さきほど取材陣にいたなかの一人だ。
飛び入りで参加するらしい。
きいてみると地元でリゾートホテルをいくつか経営するバリバリの女社長だそうで。観光として売るからには取材だけじゃなく体験もしてみなきゃと、急遽滝にはいってみることにしたのだそう。

やっぱ女社長ともなると意識がちがうよね、などと着替える彼女を横目にしたわたしと友人。次の瞬間、衝撃がはしった。


真っ赤なブラジャーとパンツ!!!
しかも揃いでセクシーなレースのやつ!!!


だらしないめの女性ならおわかりと思うが
まずもって下着の上下がそろっているということが奇跡である。
パンツはブラより寿命が短いので、セットで買ってもたいがいブラだけが残される。
(これを未亡人ブラと呼んでいる)
伴侶が存命だとしてもパンツは毎日、ブラは数日おきに洗濯をするのでサイクルが合わず、どうしても揃うのがむずかしくなる。
上下スロットがそろうのは天文学的に低い確率だ。
しかも赤!

一体どういうことだ。
今日の彼女に滝に入る予定はなかったはず…だれかに下着を見られる予定はなかったはず。
だとしたら…ふだんからこの状態…!?
緊張の中、無言で目くばせ会話するわたしと友人。もちろんわれわれの下着は上下ちぐはぐ。かたやユニクロのブラトップ。

できる女は日常も戦闘服なのか…。

大自然の前では人間がちっぽけになるが、赤いブラジャーの前にはその大自然すらちっぽけになる。
さっきまでの清流とか、神とか、心があらわれるとかもう一瞬にしてどうでもよくなってた。
そのあと滝に打たれたのだが、なんかもう赤いパンツとブラジャーで頭がいっぱいで内容をぜんぜん覚えていない。
白装束が水にぬれて、ほんのり赤いのが透けてるのとかしか頭に残っていない。
きっと山の神もお喜びだったんじゃないかと思う。
いや、山の神は女だというからお怒りか。まあ流木も流れてこなかったし良かった良かった。

邪念を落とすどころか、より強くして滝から出てきて思った。
もうちょっと下着、ちゃんとしよう。

以来すこしはちゃんとした下着をつけるようになったので
良かったんだと思う。滝行。


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