小さいおばあさん

昔から、他人によく声をかけられる。
道を歩いているときやローカル電車に乗っているときなんかに。
暇そうに見えるからかもしれないし
動作がのんびりしていて警戒オーラが出ていないから、というのもあるかもしれない。

明らかに宗教の勧誘や寄付のお願いのような類いは、やんわりとお断りをする。
アンケートのお願いなんかは、よほど急いでない限りだいたい協力する。
ウソみたいな話だが、電車のボックス席で向かい合ってしばらく会話したおばさんに「息子の嫁に」と言われて心底驚いたことがあった。それはまあ超レアケースである。

圧倒的に多いのは道を尋ねられることだが、
スマホの普及もあり、疫病の流行により他人とのディスタンスをとらねばならないこともあってか、そんな機会もめっきり減っていた。

そんなある日。用あっていつもの道を歩いていた。神社の近くで向こうからきた人にすれ違う瞬間、声をかけられた。
「あのう、すみません」
薄茶色の手編み風のニット帽をかぶり、不織布のマスクがブカブカしていて鼻丸見えなのがちょっとユーモラスだったけど、どこにでもいそうな小柄なおばあさんだ。
(道に迷ったのかな…)と思いつつ
「はい」と答えた。
おばあさんは、結構大きな目で私の目をじっと見つめているようで、なんとなくそうではなく背景を見ているような不思議な感じの視線をくれた。
「あの、わたし、上の方から降りてきたんだけど」
「はあ(上の方から?)」
「帰りのバス代がなくて」

このセリフを聞いた瞬間、去年友人が言っていた話を思い出した。
(歩いてアルバイトに行く途中、小さいおばあさんからバス賃を貸してと声をかけられ、咄嗟に気の毒に思って500円渡したけど、バイト先でその話をしたら、みんなから、あんた、それ詐欺!って言われて…)という話を。そして、そういう寸借詐欺のおばあさんがいるらしいという話は、後で他からも聞いた。
それでわたしは迷わず
「ごめんなさいね。わたしも持ち合わせがなくって」と言い、その答えを聞いてちょっと意外そうに目を見張りつつ、特に落胆した風でもないおばあさんと別れた。

うまく対処できたなあと思いつつ歩いているうち、でも、あの人が本当に困っていて声をかけてきたのだとしたら、とても不実なことをしたように思えた。せめて、「交番に行けば貸してもらえますよ」と言って、一番近そうな交番の場所を教えてあげるのが良かったのだろうか、と。
いやいや、そうではあるまい。あのおばあさんは微妙に視線をずらして、なんとなく決まり悪そうだったし。きっとあの後、(ちぇっ、失敗したなぁ)などと思いながら次のターゲットを探し始めたに違いない。きっとそうだと思いたい。
けれどもその出来事は、私の胸にささくれのようにチクリとした痛みを残し、すぐには消えてくれそうにない。
それにしてもおばあさん、神社の目の前で詐欺はダメだよぉ。

#おばあさん
#道を尋ねる
#神社

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