数字が心にかすらない
タイトルは、先日の失敗で感じたこと。
私は、数字が嫌いだ。
小学生の算数の「割合」辺りから、すでに理解が追いついていかなかった。
大人になった今でも、筆算をしないと計算ができない。比の計算式を書かないと答えが出せないとかザラだ。周りの人達の様子を見ていると、自分よりはよっぽど暗算してて、すぐに答えが出てくるみたい。便乗することが多い(笑)
しかし、今の世には計算機やパソコン、手元にはスマホという便利なものがあるので、日常的に困ることは少ない。
仕事の時には、確実に補助するものを用意することで対処してきた。もちろんない場合も稀にあって、そういう時は脂汗をかきながら、時間はかかってもゆっくり落ち着いてやることにだけ集中した。そんな状況だ。
調べてみると、「大人の算数障害」というものもあるようなので、一定数の人がいるのかなとも思う。仕事に関わってくると、けっこう大変だと思う。共感する。
そして料理
これも、私の中で「数字」という苦手な要素がある。
いろんな理由で、数字に絡んだことで調理の失敗をしたり、コミュニケーションが上手くいかなかったりすると、嫌な記憶が蓄積される。
★☆
先日、我が家の夕飯のカロリー計算をしていた。
栄養価計算ソフトを使うので、計算自体を間違うことは少ない。
しかし、入力するg数や、換算した時、算出した数字などが違ってたら間違った答えになる。当たり前だけど・・
しかし、この数字。
間違いようがないと思うのに、間違ってしまうことが度々ある。
明らかに間違ってるのに、自分のセンサーに引っかからない。
なぜすぐに気がつかないんだろう・・
間違いのイメージが乏しいのか?
明らかな間違いに気がつけないというのは、かなりがっくりする。
先日は、カロリーの伝え間違いをしたんだけど・・1つのレシピで7000kcalなんて、明らかな間違いなのに、全くセンサーに引っかからなかった。
食品の1個なんグラム?というのも明らかに間違ってるものに気が付きにくく・・
かつ、覚えにくい。
調理中にも分量をすぐに忘れて、いちいちレシピを確認する必要があったり、米なんて、途中で何カップまで入れているか思い出せなくなったりする、こういうことが結構あって、かなり集中してないと、自己嫌悪に陥る要素が隠されてるのだ。
この辺が、がすごく苦手で嫌だ。
★☆
改めて思ったことは、料理には、いろいろな種類のスキルが必要になる。
だからこそ、「最高の脳トレ」「認知症予防」なんて言われている。
今回みたいに、自分が苦手てで嫌な経験と結びつく要素がある。とか
料理嫌いには、組み込まれたスキルの種類に苦手なものがある。というものの影響がかなりあるなって気がついた。
料理は仕事のスキルにも例えられたり、料理が出来れば仕事のスキルアップにもつながる。みたいにも言われているようだし。こういう視点もヒントが隠されてそうだなと思う。
料理ができない
それは、「一概に言えることじゃない」
それだけは確かだし、簡単に扱われていいもんでもないと思う。
#料理が嫌い
#料理が苦痛
#食べ方は生き方を表すと思う
#料理を作るのは苦手
#食べるのは好き
#料理嫌いを研究
#親しむの奥深さ
#料理
ちなみに・・上記の間違った情報を伝えたのは、旦那だった( ̄∀ ̄)
笑って終わった
凡ミスがあるタイプの人間は、周りの人や環境に救われることは多い。
責められないからこそ、自分で研究するし、より成りたい者になろうと出来るんだと思う。
話題のたらこクリームパスタはこちら(笑) ↓↓
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