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ワタクシ流☆絵解き館その111  昭和3年のふたつの表情を、児童出版物に見る

昭和3年。張作霖爆殺事件と呼ばれる、日本陸軍の大陸派遣部隊関東軍が仕組んだ謀略のあった年だ。つまり、この頃から、中央の統制が効かないままに、出先である大陸派遣軍の暴走が始まる(と、学生時代に習ってきた)。
その後の歩みをたどれば、昭和3年は、軍国主義が濃厚になってゆく歴史の大きな分岐点にあった年であるのは間違いない。
けれど、一方ではまだ平和を謳歌している最後の時代でもあったとも思う。昭和3年のそういった拮抗する二つの表情を、児童向けの書籍のなかに感じ取ってみたい。

先ずは、平和な時間の中にあることを教えてくれる絵柄から。
アルス日本児童文庫というシリーズの幾冊かの口絵を掲げる。西洋世界の物語、説話に児童を誘う豊かな情感の絵が並んでいる。
最も、この本が買えるほどの経済のゆとりがあった家庭は、おそらく、数パーセントに留まるだろう。
それは、筆者はもちろん戦後(昭和三十年代)生まれの田舎人だが、こどもの頃、こんな絵本を買ってもらうゆとりは我が家にはなく、周囲も似たようなものだったと思うからだ。それでも、テレビも映画もあったから、きれいで楽しい物語に飢えるという経験はない。
こどもにとって、本こそが異世界へ入り口であったはずの昭和3年当時。この児童文庫シリーズを買ってもらっていた、恵まれていた家庭のこどもたちは、どれほど目を輝かせて見入っていたことだろうか。

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展覧会のポスターも、何の制約もなさそうでのびのびと描かれている。当時の代表的な児童雑誌「赤い鳥」の表紙絵は、戦後発刊のもの?と見まがうようなあでやかさだ。

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ここからは、トーンが変わる。下の図は、工業社会の案内。軍需に関する産業の案内が目につくが、これはまだ軍事色を帯びているとは言えない。

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下の図になると、はっきりと軍事大国化してゆく世相や空気が感じ取れるだろう。児童にその必要性を教育する目的が見える。
同じ昭和3年刊行の児童向け書籍に、こういう二極の世界があるのだ。

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国のために戦さで死することは、美徳とする思想が強調されている。

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下の図は、さらに4年後の昭和7年刊行のもの。絵柄はさらにエスカレートして、いずれ戦地に向かう者として、戦う心構えを昂進させようとする目的が明らかに見える。

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この本を刊行した金の星社は、大正8年に設立された、最も古いこどもの本の専門出版社だ。下に掲げた図は金の星社の、本来の出版物の一例。
その老舗出版社が、上の口絵に見られるような、まるで軍事読み物の専門出版社のような本を出している。それが当時の風潮、時代の要請というものだったということだ。

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二・二六事件があったのが昭和11年、盧溝橋事件があったのが昭和12年、観念的には、その頃から急激に世相があやしく重苦しくなったような気がするのだが、児童出版の実態を探ると、それは認識が浅いと言える。
時代、風潮の変化を示す象徴と感じる出来事がある。前半に掲げたアルス児童文庫は、昭和5年には刊行が終わるのだ。そんなにも早い年代にもう‥‥と思わざるを得ない。
こどもの心に華やかな夢物語を咲かせる営みは、急速に先細っていったのだ。
                          令和4年2月  瀬戸風  凪


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