「独裁者」を打ち破る「進化」した社会
いつもお世話になります。
最近、新しい友達が一気に増えて、ミームについての基本的な質問をしていただくことが増えてきたので、少々、初期の頃に上げたものを編集をしてアップしてみようと思います。
後半は、進化する社会についての話になります。新ネタで、今回のウクライナの問題にも少し言及しています。
今回は、いつもよりコンパクトで、全編無料になっていますので、よろしければ最後までお付き合いください。
ちなみに、対外的営業活動3の投稿につきましては、もうしばらくお待ち下さい。
「どうして、そんなものがあなたにとって大切なのか?」
「どうして、あなたはそんなところに行ってしまうのか?」
「どうして、あなたはそんなに頑張れるのか?」
「どうして、そんないい人になれるのか?」
世の中の長期的な繁栄は、ミームに大きく影響をうけている。
突然ですが、どちらのほめ方がその人にとっていいのでしょうか?
読書感想文を書いた子供に対して、
A「凄い! あなたは、天才的な文章を書くんだね。天才に違いない。」
B「あなたの文章は、神秘的な語句がたくさん出ているし、私はとても好きです。」
絶対Aと思った人、又は、そう言われたいと思った人は、残念ながら小説家になれそうにありません。
私と同じで。
境遇や環境により様々な考え方があると思いますが、この場合、Bの方が、創造的な物書きへの、よりベターなリアクションと考えます。
例えば、3歳で3か国語話せるようになっているとか、小学3年生で微分ができるようになったとかを必要以上に自慢話をしてくる人、周りにいませんでしたか?
しかし、天才的という言葉や、神童としての経歴は、本当に才能がある人にとってはどうでもいいみたいです。
その為、天才という名を必要以上に固執してきた人にとっては、その後、プライドが邪魔をして、凡人より悲しい結果になることも少なくありません。
実際に、ミームマーケティングには天才というワードはありません。
確かに、0.01%位の本物のヤバイ感覚を持っている人は、実在するようですが、、、
ただ、そのような人の人生も幸せだったかと言えば、歴史的に見ると、必ずしもそうではなさそうです。
よく言われている話でいうと、ここでの本物の天才とは神経質であったり、周りに理解されずに孤独になったりと、病弱な漱石や、精神的に不安定なゴッホの生涯のことを考えると、そう言われているのもあながち間違いではなさそうです。
確かに、驚くべき記憶力、創造性豊かな芸術的センスという言葉は存在しますが、ただ、天才というあまり意味のないワードは、逆に才能をぼやけさせ、必要のないプライドだけを見事なくらいに暴発させることに繋がるからです。
その理由は、ミームとしてのイメージが付きにくいなど、様々な理由が考えられるのですが、、、
そして、かつて天才とか神童と言われ続けた子供達は・・・
どうやら進化することに対しての大きなブレーキを持つことになったと、我々は考えます。
その上、かつての自慢話は、現在の成長や進化に足かせを与えることにもなります。
それは、新しく挑戦して失敗することで、自分の過去の栄光として築き上げてきた承認が傷つくことに怯えるキッカケにもなるようです。
ですから、特に「何に優れているか?」「何に心を惹かれているか?」をできるだけわかりやすく、何度も繰り返し伝える方が、才能を持っている人にとっては、知らずとミームを形成しやすくなるようです。
例えば「魂をアイスピックで突き刺すような大きな衝撃と、その後に訪れる、心地よく揺さぶり続けるような感覚を、出来るだけシンプルにもたらす」というミームの概念ならば、例えその対象が後に建築に代わっても、服飾のデザインに代わっても、同じように多くの人の感性をくすぐる何かであることには変わりなく、多くの人に対しての良い影響力を創造させ続けることで、そのミームから多くの可能性が生まれるという認識です。
ちなみに、これは、私のSWMの1つとして、常に目指しているブランドアルゴリズムであり、社名の penetrate の意味にもなっています。
いつも、このブランドアルゴリズムに集中しては、自分が今からするべきことを意識しながらプロジェクトやビジネスにどの様に反映させるのかを深く考え、プロジェクトに邁進するようにしています。
ちなみに、このブランドアルゴリズムも、プロジェクトごとに適応させますし、常に進化もさせますが、自分に合ったものに出会う度に、徐々に安定してしてくるのが自分で理解できるようになります。
当然、このブログを書いている時も、そのような気持ちで書かせていただいていますが、万一御期待に添えかねる場合でも、クライアント様や社会への実利にて結果を出すことで、バタフライエフェクトのように、どんなに小さな影響力であっても、1人でも多くの人のミームの形成に役立ててもらえると思っています。
確かに、中には「言うだけタダ」と揶揄される人もいるかもしれませんが、そんな人でも、このブログを心待ちにして、読んで頂いている時点で、これからのミームマーケティングが気になって仕方ないようになっていると言う認識から、作戦の第一段階は大成功です。
その上、ミームとは、本来DNAの香りの様な物であり、文化を形成する上での情報や習慣であると考えられいますので、多くの人にとっては、親近感に感じるにしたがい、ミームを大切に思う傾向が徐々に増加して、後世に伝えようとする欲求が強くなっていきます。
我々人間という生物の体を媒体にして、空間的にも、時間的にも広がっていくので、我々の周りでおなじみの風邪などのウイルスとよく似ているのかも知れません。
ですので、ウイルスと同じようにDNAが生き残っていくために、当然、何らかの法則に従ってミームも、仮にあなたの知らないところでも、あなたと一緒に進化を続けていくのです。
具体的にはミームとは、音楽の旋律、思想や観念、キャッチフレーズ、ブランド、衣服のファッション、ツボの作り方からアーチの建造法や宗教まで、ありとあらゆる文化を形成するための情報全般のことであるとも考えますが、元々は利己的な遺伝子の著作のリチャード・ドーキンスが提唱したのが始まりです。
そんな中、我々が、今ここでミームを取り上げる理由は、我々の周りの社会問題を考えるうえで非常に役立つと考えているからです。
実際、世の中には多くの問題解決の際に利用する思考法が存在します。
ロジカルシンキング、クリティカルシンキング、倫理観など、その中でも、ミームは特にわかりやすく使いやすいものになっています。
例えば、テーマごとに分かれているいくつかのアルゴリズムを、MEA・好奇心理の法則に従って組み合わせることで、比較的早く効果が表れますし、その思考自体は、様々な生活や仕事にも多岐にわたり、非常に簡単に利用できます。
コミュニティーを作るときに一番大切にしている「共有・共感」なども、その一つです。
「共有・共感」参照
それらを元に、様々な問題解決の提案を、このブログでしていきたいと思って始めたのがきっかけです。
そして、今現在、POSSVI(ポスビー)という、影響的価値の具現化とシステム化を目的にしたプロジェクトを立ち上げており、POSSVIプロジェクトに本当に興味のある人の中で、協力者を探していますが、もうそろそろ現状に必要な協力者を迎えることができつつあります。
そのために、POSSVIプロジェクトの活動資金として、このブログを利用させていただくために、専門的なオペレーションに関することを中心に有料化させていただくことにしました。
もし、よろしければ、是非お付き合いしてください。
今回はいつものように、映画や文化の話はありませんが、通常は、
前半
映画などの文化を通して、問題解決をできるだけ楽しめる要素につなげる。
後半
ミーム思考を使って、様々な社会問題の解決の具体的な方法を探る。
等時間がある限り書いていこうと考えています。大体、月に3~4回程度を目安にあげていますが、最近は少々時間が取れなくなってきていますが、何とか続けていきたいと思っております。
そういうことで、皆様に、引き続き少しでもお役に立てれば幸いです。
多少?お見苦しい箇所がありましてもお許しください。
それでは、ここから
後半の進化する社会についての話になります。新ネタです。もう少しだけお付き合いください。
世界は、我々のような生物や植物だけでなく、文化、経済、社会の面から見ても、絶え間なく進化し続けている。
現在の、ウクライナに侵攻したロシアに、「何とか戦争をやめさせることはできないか?」と注視している世界中の多くの人々にも、同じようなことが言えるのではないだろうか?
もう、多くの人が、「このまま、なすがまま何もできない!」という呆然とした意識から、「どんなに微々たる力でも何かできないか?」というはっきりとした勇気に進化している。
実は、ロシアの国民や現在のロシアの将校達、そして、ラブロフ外相でさえも、ウクライナにロシアが侵攻した後のことを考えると、国際社会からの強烈な経済制裁や、国際的な信用も含めて、プーチン大統領が正しい選択をしたと思っていないようだ。
例え、プーチン大統領の言うように、元々ウクライナが歴史的に見てもロシアの兄弟のような国家で、NATOとの東方不拡大の約束が背景にあったとしても、ネオコンを含めた様々な国家間の思惑があるとしても、ロシアの将校自体が放った「ロシアの国家モデルと権力システムが、ロシア国民に魅力的なものである必要があったが、そうでなかったために、ウクライナの国民は、西洋の社会システムの方に行くことになったのだ。」という言葉が物語っているように、ウクライナにしろ、ロシアにしろ、独裁者個人の持ち物でもなく、独裁者個人が満足していればいいというものでもなく、独裁者個人が「そのままでいてほしい」からと言って、国家や組織、家族ですら「そのままでいることができる」ようなしろものでもない。
確かに、それぞれの国家間の条約や法律は、遵守してこそ国際的な調和が守られているのであるが、それを守り続けるためにも、国民だけでなく、指導者も、国家自体も常に、時代と共に、世界環境と共に進化し続けないといけない。
しかしながら、時代が変わり、環境が変わるということは、今までの様な同じ方法で、同じように全てのことがマネージメントできるとは限らないということでもある。
それでは、世の中は、全てのことが安定せずに、常に進化という変化をさせ続ける必要があるのではないかという疑問も、当然、起こりうるかもしれない。
しかし、ここでいう進化には、様々な意味がある。
特に、ロシアに関していえば、リーダー自身の意見とは違う新しいアイデアと一緒に、新しい空気を吹き込んでくれる優秀な次世代のリーダーの輩出ではなかっただろうか?
その上、今までと、これからの世界の違いは、その情報が正しいかどうかを、誰でも判断する材料があちらこちらに転がっているところだ。
どの様な独裁的な国家でも、どのように閉鎖された組織でも、事実を隠しきれないということであり、現在のウクライナにも、ロシアにも多くの優れたリーダーが生まれてきていることも、現在のリーダーが、新しい未来の為に次世代のリーダーに国家を任せ、それを後押しする必要があることも、多くの国民はみんな理解している。
たくさんの人の意見を聞き、時にはその人物に自分の思いを託す気概があってこそ、組織や国の未来を任せることができるのだ。
そこまでしていれば、世界の独裁者に対する意識も、少しは違っていたであろう。
NATOも、アメリカも全てが正しいというわけではないが、彼らの国民には、自らの意志で様々なことが選択できるという、現代の文明国家としての必要最低限の、様々な権利が保証されている。
確かに、印象操作もないわけではないが、一応、一応、一応、重ねて一応、正当な国民の選挙があり、衣食住、教育や職業をはじめとした様々な選択の自由がある程度保障され、時には社会システム自体を変更することも可能であり、その上、様々な情報の発信にも自由な権利だけでなく、かなり偏ったジャーナリズムすらも存在することができる。
ちなみに、アメリカの憲法とロシアの憲法の違いは、どちらも言論の自由を一応保障しているようだが、アメリカの憲法は、発言した後の自由も保証されているところだ。
つまり、本当のリーダーであり続けるためには、どの様な新しい風を浴びる覚悟から逃げてはいけない。
いつの時代も、社会も国家も、根底に文化や経済、そして、国民が土台となっていることには変わらなく、ということは、我々国民や文化だけでなく、社会も国家も、同じように進化しなければいけないということになる。
国民 文化 社会 国家と影響を与えながら、我々は様々な歴史的な困難を乗り越えてきた。
そういった意味でも、実は、ロシアの今回のウクライナへの攻撃を辞めさせる一番大きなカギは、ウクライナ人の戦士や、ウクライナの一般市民以外に、ロシアの一般市民の声が大きな力になるのではないかとみている。
もう、戦争を仕掛けた国民、仕掛けられた国民という分類ではなく、同じ「戦争をしたくない」という本当の強いシンパシーが、自然とだんだん強くなっているように思う。
この同じ世界に、同じ時代に我々にも、良い影響、悪い影響に関わらず、それぞれの進化から大きな影響をうけ合うことになり、事実、多くの日本の国民も、今までと違う形で、このウクライナへのロシアの侵攻に対して戦っている人々の姿に、とても強いシンパシーを感じるのは、現在のコミュニティー自体に、従来よりも非常に強い、何か大きな「アルゴリズム」が生まれてきているようにすら思うのである。
確かに今までは、このような紛争が身近に感じるなかったこともあるが、
以前の様な、イデオロギーや、社会体制、組織からくる、偽物の、誰かをだまし、徴収しようとする汚れ切ったものではなく、純粋に、国境でもなく、宗教でもなく、多くの人がどの様な文化でも、習慣でも、年齢も関係ない1つの強いシンパシーで繋がりたいという意識を持ち出したのではないだろうか?
それは、自分とは違うアルゴリズムに興味を持ち、習慣や性別、文化の違いの中にこそ、ある種の強く、惹かれ合うことを望む、我々が本来持つべき「自分と違うものと繋がりたい」という一種の人類の進化に繋がる大きな好奇心なのかもしれない。
それは、今までは、違いは敵であり、違いは争いの原因であり、違いは悲しみを生み出す原因であったものが、違いからもっと知りたい、違いから自分にはない魅力を感じたい、違いから純粋に好奇心をもち、その為にもっと広く、様々な人と繋がり合いたいと言う気持ちに進化しているようにも思える。
海外旅行を経験している人は理解しやすいかもしれないが、意志がなかなか伝わらなかったことが、何かのきっかけで、理解し合えたことを通して、物凄くうれしく感じたことはなかっただろうか?
ミームのアルゴリズムによれば、全く違う文化や習慣の人と、理解し合い、繋がる時の感覚は、我々に、非常に大きな爽快感をもたらしている。
そして、正に今の世界は、SNSなどの全ての人と繋がり合えるツールのおかげで、世界中の人と、お互い全く似ても似つかないアルゴリズムを一つにできることの、すばらしさと、力強さと、重要さに、我々は気付き始めている。
国境や文化の違いをはるかに超えた、互いに強い関心を持ちあえる世界中の「戦争をしないでほしい」「仲良くなってほしい」という多くの叫びは、多くの血と憎しみから、全ての人を救うことができると思っている。
そこでだ。
この問題定義をしたら、必ず、何らかの解決策を提示できるのが、ミームマーケティングのいいところだ。
一番の正解かどうかは別として
まず、我々ができることは、様々な国際的な支援であることはいうまでもないが、それと同時に、同じような考えを持つロシアの国民に、「あなたたちと私たちの家族や、兄弟、友達を救うことに力を貸してほしい」って、心から、SNSなどのできるだけ多くのツールを使って、発信してくことも、仮にロシアに情報規制があっても、モスクワをはじめとした、ロシア全土にも、世界中から訴えかけるのはどうであろうか?
覚えているだろうが、現在はGoogleの支配下にあるが、元々はYouTubeは、ロシア発祥であったということを、
そして、閉鎖的な社会や、長期的に独裁的な支配下にあった歴史的な背景から、様々な情報を、これらのSNSを通して、集めたり、発信したりすることが極めて長けているということ。現在も独裁的な支配下にあるが、
その為に、我々が思っている以上に、情報統制や規制に対するオペレーションをたくさん持っていると思っている。
それは、様々なアドバンテージを国家が持っているということは、国民にも同じようにそれを回避するアドバンテージを持っているということだ。
その上、ロシアは共産主義と言っても、昔のように社会が全く閉鎖的な国ではない。
つまり、ロシアの友人たちは、ロシアが今何をしているかを知っているし、我々の声も聴いているし、実際に、様々な行動を起こしてくれているようだ。
今こそ、従来の思い込みや、あまり意味のない濃いつながりだけのルーチン「プーチン」よりも、確かに、緩いが、この世の中に困っている人を誰でも助けたい、世の中のコミュニティーに良い影響を与え続けたいと思えるアルゴリズムの出番である。
当然、多くのロシアの友人も同じように思ってくれるはずだ。
ВМЕСТЕ МЫ СМОЖЕМ СПАСТИ НАШИХ ЛЮБИМЫХ РОДНЫХ И БЛИЗКИХ.
愛する家族や友達を一緒に救おう!
終わり
POSSVI(ポスビー) 東野
今、日本の社会にある様々な歪を改善するための事業や活動をしています。具体的には、あらゆるクリエイターや基礎研究者の支援や起業家が生まれやすくなる社会システムの準備をしています。どうか御支援よろしくお願いいたします。