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落語聞き覚えメモ『ないもん買い』笑福亭仁鶴

(清八、以下■)おい!

(喜六、以下●)えぇ?

■どうしてんねん?

●あぁ。

■元気か?

●あぁ。

■大丈夫か?

●あぁ。

■何を言うとんねんお前は、元気かっちゅうてんねや。何してんねん?

●わい、立ってんねや。

■おもろいやっちゃなこいつは。若い者が昼日中から往来の真ん中で、空見上げて口開いてたら鳩が糞かけて来よんで?えぇ、おもろいことして遊ぼか!

●遊びたいけど銭ないなぁ。

■銭があって遊ぶねやったら誰でもするわい、銭なしでおもろい遊びしよかっちゅうねん。

●どんなことすんねん?

■「ないもん買い」ちゅうのしよか、ないもん買いな。

●ないもん買いちゅうと?

■店入って行ってな、その店のない品物ばっかり言うたんねや。ない品物を千度言うておやっさんがうろうろしよんの見ながら楽しもかちゅうのはどや?

●うわっはっはっはっ。こらえらいおもろい、やろか。

■やるのはええけどもな、こういうのは洒落のもんやさかい、入って行って後ろでお前がげらげら笑ろててがんづかれたら洒落にならんねん、笑いなや?

●うわっはっはっ、笑わへん。

■笑ろてるがな危ないなぁお前は。わかったあるな?これから入っていくけども。

●どこ行こ?

■まず向こうの金物屋へ入ろかな、金物屋へな。ついといで。おい金物屋の!

(金物屋、以下▲)へぇお越し!どうぞお入り、どうぞお入り。

■いやいや、入れてもらうけどな。わしゃなんじゃ...朝起きたらな、なすびの漬物か、きゅうりの浅漬けで茶漬けをがさがさーっとやりたいんやけどな、なすびの漬物あるか?

▲なんじゃ言いなはる?

■聞いてへんのかお前は。いや、俺はな、なすびの漬物で茶漬けが食いたいねけども、なすびの漬物か、きゅうりの浅漬けないかちゅうてんねや。

▲お客さんお店間違うたはるのちゃいまっか?

■間違うてへんが、ちゃあんと看板見て入ってきた。

▲看板にどない書いてありました?

■どない書いたありましたってお前....菜もの類くき、と書いてあったわ。おまはんとこは漬物屋やろ?

▲あぁ~見間違いですわ。あら金物類釘、と書いたありまんねがな。

■そかて見てきてみ、菜もの類くきになったあるが。

▲さよか、ちょっと待っとくなはれおかしいな。いやぁ~こらえらいどうもすんまへん。暖簾がめくれててな、「か」が隠れとりまんのや。えぇ、こらもう降ろしとかなあかんねや。えらいすんまへんな。

■いやいや、こっちも間違うて入って来てんねや。ほんでお前もなんじゃろ、入って来た客が何も買わんと帰るちゅうのは、どうも気分が悪いやろ。

▲そうでやんねん、朝商いしくじりますと、一日どうも上手いこと行かんで。

■そらそうやわな。なんぞもらおか?

▲へぇへぇ、何さしてもらいまひょ?

■えー...そうやなぁ、そこの火什能もらおか。火什能。

▲へぇへぇ、火什能は丈夫なもんでござりますが。

■あぁなるほど。銅ででけたあんねや、これはええもんやな。うん、ええ火什能やけど、この火什能はなんやな、こら鞘がないな。

▲ええっ!?鞘つきの火什能どないしなはんねん?

■どないしなはんねんって、火什能てなもんはだいたい空消ができたら掬うて炭壺へ入れるがな。あと蓋しといてもぐすぐすくすぼってるやつを、ふーっと掬って鞘をぐっと嵌めるとその中で消えてしまうというような。火什能の鞘つきないか?

▲いや~、そんなんおまへんな。あつらえまひょか?

■いや、あつらえてもらいでもええけどな。ほな他のもん見してもらおか。

▲へぇへぇ、何にしまひょ?

■そうやな、金盥か何か。

▲へぇ、金盥はいろいろおますが、アルミもありゃ銅もありゃ真鍮もおますが。どれなと。

■なるほどなぁ~、どれもええ金盥や。金盥はええけども、蓋がないなぁ。

▲蓋つきの金盥?どないしなはる?

■どないしなはるって、今日び金盥売るときには蓋つけとかなあかんで。冬の寒い朝起きるわなぁ、湯を入れたぁる、んなもん蓋なかったらすぐ冷める、蓋しといたらこれが温い、少々起きんのが遅かっても間に合うちゅうようなもんや。蓋つきの金盥ないか?

▲おまへんなぁ~あつらえまひょか?

■いやいや、あつらえてもらいでもええけどな。まぁまぁ...なんじゃ、蓋がなかってもええちゅうてなもんやけど、この金盥は潰れてんな?

▲んなあほなこと言いなはんな。潰れたもん売りまへんで?

■そかて引き出しないが。

▲あんた何を買いに来なはったんや?

■何を買いに来なはったって、金盥買いに来てんねや。なぁ?風呂場へ行きしな、風呂屋へ行くわな。手拭いとか石鹸とか歯ブラシとかややこしいもんぎょぉさんあるやつを、すーっと入れといてみ?様子がええが。この横に楊枝でもしゅっと放り込んどいてみぃな?風呂帰りな、ちょっと一杯飲み屋寄って楊枝ぽっと咥えて帰るやなんて、そういう引き出しつきの金盥というのはおまえとこ置いてへんか?

▲おまへんなぁ~あつらえまひょか?

■いやいや、あつらえてもらいでもなんないけどな。そうか、なかったらしゃぁない。ほなまた寄してもらうわ。

▲へぇ、またお越し!

■さぁ出てこい上手いこといったやろ?

●いやっはっはっ、おもろいなぁ。スコップ提げてきた。

■おい、そんなあほなことしなおい、物盗みなやおまえは。これは洒落でやってんねや、盗人やないねんさかい、物盗みなや?

●へぇわかっとる、そやけどおもろいもんやなぁ。

■そらおもろいわいな。

●今度はどこ行こか?

■向こうの古手屋へ入ろか。おい古手屋のおやっさん!

(古手屋、以下▲)へぇお越しやす。どうぞこっちへお入り。

■あぁまぁ入れてもらうけどな。おまはんとこ古手屋やな?

▲へぇさいでござりまするが。

■どんな古手でもあるかいな?

▲へぇ、もういかような古手でもそろえてございますが。

■あぁなるほどなぁ。そうか、いやいや、去年の夏うちのおじんが中風で倒れてな、左の手がぶらぶらになったあんねんやけどな、あの古い手を新しい手に代えたげたいと思うねんけど、そういう左手ないか?

▲そんなもんはおまへんで?うちは古着でんがな、古手売っとりまんねや。人間の手っちゅうのはおまへん。

■そうかぇ?表見てみぃな。看板に手の看板が描いたある。

▲あら手袋でんが?

■あぁあぁそうか、なるほどなぁ。手袋やったらしゃぁないな。ほんなら何か見してもらおう。

▲へぇへぇ、どんなもんさしてもらいまひょ?

■そうやなぁ、いろいろあるが、その座布団でも。

▲へぇ。えー、座布団はこら夏物になっとりますが、どれなと。

■あーなるほど。えぇ座布団やけど、こらー...なんじゃな、丸いなぁ?

▲えぇ?だいたい座布団は丸か四角ということになっとりますが?

■えー?そうかぁ...難儀ななぁ。

▲難儀ななぁって、どんな座布団をご所望で?

■どんな座布団をご所望って、三角の座布団が欲しいがな?

▲三角の座布団!?何をなさる?

■何をなさるって、俺は職人や。行儀よぅよぉ座らんがな。胡坐かいてばっかしやろ?四角い座布団やったら余るところがぎょおさんできるがな、三角やったらこぉ胡坐かいたら上手ぁいこと座れんねがなぁ。三角の座布団ないか?

▲おまへんなぁ。

■あぁそうかなぁ、なかったらしゃぁないなぁ。ほんだらまぁ一つなんじゃ、蚊帳でも見してもらおうか。

■へぇへぇ、蚊帳ですか。えーっと、蚊帳は、まぁこういうようなところでいっぺん広げて見とくなはれ。

■あぁそうかなぁ、おい、ちょっとそっち持ち。あぁ~なるほどこの蚊帳はこれは、底がないなぁ。

▲蚊帳だすそれは。蚊帳には底おまへん。

■なるほど。その代わり天井あんねんなぁ。

▲それが蚊帳でんがな。

■あ~、この蚊帳は薄いなぁ。

▲あんた何を言うてなはんねん。蚊帳てな薄いもんでっせ?どんな蚊帳が欲しい?

■わい綿入れの蚊帳が欲しいが。

▲綿入れの蚊帳??そんなもん買うてどないしなはる?

■夏の暑いときに綿入れの蚊帳ん中入って汗かくのが好きで。

▲面白い人やなこの人は。そんなもんおまへんなぁ。

■おまえんとこそろわんなぁ、品物そろえときや。

▲そんなあほなこと言いなはんな、あんたがないもんばっかり言うてなはんねん。

■あぁ~まぁまぁええけど、ほんだらパッチ見してくれるか?

▲あんた何を買いに来なはったんやだいたい?この暑いのにパッチってあんた...

■見してちゅうてんねやパッチを!

▲もうしまいこんだありまんがな、さよか?おい、ちょっとパッチ持っといで。あぁあぁ、そうそう、べつに寄らいでも...ええ加減のんでええねや、どうぞパッチだす。邪魔くさいなぁこいつは。

■なるほど、こらパッチやなぁ。無地やなぁ。

▲あんた何を言うてなはる。パッチちゅうのはだいたい無地でんがな。

■わいは無地かなわんねがな。

▲どんなパッチご所望でんねん?

■裾模様のパッチが欲しいなぁ。こう松ががーっとこの足首から上へ、こんな松があって、そこへ波がばしゃーっと、そんなんないか?

▲おまへんなぁ...

■おまえんとこもっと品物そろえときや。

▲んなあほなこと言いなはんな。あんたないものばっかり言うてなはる。

■しゃあないなぁ、えらい邪魔した!また寄してもらうわ!出といで。

●いやぁおもろいなぁ、手袋掴んできた。

■おい、そんなことばっかりしてんねな。わかったあるな?物は盗りなや洒落にならんさかい。

●しかしないもん買いてなおもろいもんやな。

■おもろいやろ?

●今度はどこ行こ?

■今度はまぁ...そうやな、饅頭屋でも入ろかいな。

●あぁなるほど饅頭屋なぁ。んなら饅頭屋入って饅頭くれ、言おか。

■くれよるやないかあほやな。あるもん言うたらあかんねや、ないもん言うねや。

●あぁなるほどなぁ、えー、ほんだら行こか。

■おい饅頭屋!

(饅頭屋、以下▲)へぇ。お越し。何しまひょ?

■あ~ぎょおさん饅頭があるな。

▲えぇうちは饅頭屋でっさかいな、饅頭はありますが、それ以外のもんはおまへん。

■なるほど、さよか...おっさんなんや知ってるような物言いやな。笑うな。桜餅...田舎饅頭...重陽の饅頭...きんつば。んっふっふっふっ、この重陽のお饅、これ一個なんぼや?

▲へぇ。一銭でございます。

■なるほど。みな一銭か?

▲一銭でやす。

■ん~、ほなまぁこの饅頭、こう...ちょっと、積ましてもろてな、ここへ一つ置いて、この饅頭をもう一つその上に乗せてな、で、こう乗せて。物は相談やけども、これ一銭ということやさかいに、積ましてもろてやな、下のんを八厘にして上のんを二厘にしてもらえんか?

▲何個買いなはんねん?

■二個買いまんねん。

▲ん~...それやったらよろしゅおますわ。

■そうか、ほんだら上のんを二厘、下が八厘、ほんだら一個ずつもらうわ。

▲へぇどうぞ。

■さぁ上のんを食べ。

●(饅頭を食べる)うん。

■下食うな。

●(咀嚼する)うん、ふっ。ええ餡使こたぁる(饅頭を飲み込む)。

■えらい邪魔したごっつぉさん!おい、おまえ四厘出し。四厘置いとくで。

▲もし!何を言うてなはんねんあんた。それ二つやったら...なんでやっせ?二銭とちゅうことになりまっせ?

■いや、そやさかい最初に断り入れ言うたあるやろ?積んで上が二厘、下が八厘。ね?で、上のんを一個ずつ呼ばれて四厘、と。

▲そんなあんた...そんな勘定おまへん!

■そうか、気に入らんかぇ?そうか、ほなだいたいみな一つ一銭やな?

▲へぇそうです。

■ほな別あつらえの饅頭ちゅうのこしらえてもらえるか?

▲へぇそらつくらせてもらいまひょ。

■あ、そう。ほな一つ五円の饅頭作ってくれるか?

▲五円の饅頭!?こんな(両手で大きく丸を作る)饅頭なりまっせ??

■なんでもええがな、作ってちゅうてんねや。

▲さよか、ちょっと待っとくなはれや。おい!みな出てこい出てこい出てこい出てこい!お客さんのご注文で五円の饅頭をこしらえるんねやて。おい、早いこと一生懸命餡子練って...そうそうそう、全部丸め!よいとせ、よいとせ、よいとせ、よいとせ。ほーら五円のんでけました。さぁどうぞ食べとくなはれ!

■これ竹の皮に包んで。

▲いや、こんな大きな竹の皮おまへんわ!

■おまへんって、包んでちゅうてんねや。

▲いや....こら貼っときまひょか?竹の皮貼っときまひょか?

■貼んのんかなんねんわい!包んでくれるか!

▲包まれやしまへんわ。

■こんなんいらんわ!

▲何を言うたはんねん!?もしお客さん!ちょっと待っとくなはれ!

■早いこと出てこい!(逃げ出す)

●うっはぁ饅頭掴んできた。

■お前そんなんばっかりやな。あほやな。ええ?

●しかしまぁ、ないもん買いちゅうのはおもろいもんやなぁ。

■おもろいもんやけど、一つ間違うたら命がけやで?お前後ろでくくっ、くくっ、くくっ、くくっ、言うて笑うさかいおちおち応対もしてられへんねや。笑いなや?わかったある?えー。今度どや?お前行くか?

●わいも要領わかったし行かしてもらえるかな。どこ行こ?

■んー、そやな。向こうの味噌屋でも入るか。

●あーなるほど、味噌屋。味噌屋行ってどない言おう?味噌くれちゅおか?

■お前あほやな。味噌屋行って味噌くれちゅうたらくれよるやないかい。そこを、ちがう味噌を言うねや。

●どんな味噌を?

■泣き味噌くれって言うねや。

●うわぁぶぶぶっ、おもろいなぁ~泣き味噌くれっちゅう...これえらいおもろい。ちょっと行ってくるわ。味噌屋のおっさん!

(味噌屋、以下▲)へぇお越しやす!

●うーっ、ぶぶっ!おっさんとこ味噌屋か!?

▲何がおもろおまんねん?味噌屋がそないおもろおますか?

●いやぁ、おもろおますかちゅうたかて、おっさんとこ味噌あるか?

▲へぇ、味噌屋ですさかい、そろてまっせ?

●どんな味噌でもあるか!?

▲へぇ味噌屋ですさかい、そろてまっせ?

●どんな味噌でもあるか!?

▲どんなんでもおます。

●名古屋味噌あるか!?

▲名古屋であろうがどこであろうが、おます。

●なるほど。おっさんとこなぁ...うわぁぶぶっ。味噌屋か!?

▲何がおもろいねん。何を買いに来なはってん?

●おっさんとこに泣き味噌あるか?

▲なんやねん?

●泣き味噌あるか!?

▲おます。

●泣き味噌あるか!!

▲ちょっと待っといとくなはれな。これ定吉出といで。定!表通りをちゃんと掃いときなはれ言うたあんねん。

(定吉、以下★)掃きました!

▲掃きましたやないやないか。掃いたもんがなんでこんな埃があんねや?嘘ばっかりついて。懲らしめのためにこうしたげる(定吉をどつく)。

★うわーーーーん

▲ええ泣き味噌でっしゃろ?これ持って行っとくなはれ。できたてでっさかい。

●あぁ...いや、わいこんなぎょうさんいらんねんけどな。ちょっと二百匁ほど分けてもらえるか?

▲うちは小売りはしまへんねや、卸やねん。あんたあんまり商人なぶりに来たらあきまへんで?帰んなはれ!!

●えらいすんまへん...おい清やんあかんわ。

■お前何を言うとんねんあほやな。

●味噌掴んできた。

■お前そればっかりやん。物を盗みなちゅうてるやろ?今度はいっぺん向こうの魚屋入って行ってみ?

●なるほど魚屋入ってどない言おう?

■いろんなことを言うてな、ある魚言わなんだらええねん。

●なるほどな。魚屋のごめんなはれ!

(魚屋、以下▲)へぇお越し!お入り!

●景気えぇなぁ。

▲へぇ!おかげさんで!

●ハマチあるか?

▲おまっせ!

●イワシあるか?

▲おまっせ。

●ヒラメあるか?

▲おまっせ?

●ないもんもらおか。

▲何を言うてなはるねん。何買いに来なはってん?

●鯛あるか?

▲おまっせ。

●なるほど。その鯛なんぼやな?

▲へぇこらまぁ、(そろばんを弾く)勉強さしていただて、えー、二円ということにさしてもうとりますが。

●あぁなるほどなぁ。ほんでその鯛を五十銭負からんか?

▲なんです?

●いや、五十銭負からんか?

▲つまりなんでっか?二円のところを五十銭引いて一円五十銭にせぇと、こう言いなはんのんか?

●いや、そうやないねんや。五十銭にならんか?え?わかるやろ?たったの五十銭にならんか言うてまんねや。

▲あーなるほどなぁ....ちょいちょいあんたみたいな人来まんねんけどな。だいたいが酔うてぐずぐず言いまんねや。あんたみたいに素面で言う人はおかしい。うんー、鯛がいりまんのんか、さよか。ちょっと待っといとくなはれ。「しっかりせぇこら、せっかく二円の値つけてもうたのにお前、五十銭に値切られやがって。ぼーっとしてそこでどたま転がしとるさかいやないかい。しっかりせんかい!」なに?ちょっと待っとくなはれ、いま鯛が物言うてまんのでな。なんやて?「鯛といえば魚仲間でも王さんとか殿さんとか言われてる魚や。それがいっぺん二円という値段をつけてもうたのに、五十銭で買い上げられたんでは、魚仲間に面目ない。」あぁ、そらそうや。なぁ?うん、なるほど、断ってくれと。そらそうや。なぁ、せっかくやけど、わたしは売る気はおまんねや。で、あんたも買う気あんねんけども、この本人が嫌やてこない言うてまんねや。縁談でもそうでっしゃろ?もらいまひょ、あげまひょて言うたかて、本人が行くの行かんのちゅうて言い出したらそんでしまいや。この縁談破談ですわ。帰んなはれあんた。な?いっぺん帰って硫酸で顔洗ろて出直しといで。あんたらずばっと切ったかって血ぃ出ぇへんやろ。おからがぱらぱらって出るやろあんたら。早いこと帰ってもう寝なはれ。

●清やん!

■またかいなお前は。どけどけ、魚屋!

▲へぇお越し!

■お越しやあれへんが、これはわしの連れや。えらいなんや小意気なこと言うてたな、後ろで聞いてたら。えぇ?ずばっと切っても赤い血出んてか?おからがぱらぱらって出るて?ほーん。いっぺん切ってもらおうやないかその出刃で?赤いもんが出るか、おからがぱらつくか、やってもらおうやないかい。えぇ?どんな客か知らんけども、もっと他に言いようがあるやろが。なぁ?けどまぁこいつもこいつやさかい、いま聞いてたら二円に値ぇつけたぁるちゅうねんこの鯛に。な?二円で買わしてもらお。

▲あ、さよか、そういうふうに言うていただきますと。

■いや、もうそらわかったあんねや、うん。それ料理して。

▲へぇへぇ、えー、どういうふうにさしてもらいまひょか。

■どういうふうにって、三枚におろさんかいな。

▲あぁさよか、なるほどねぇ。えーまぁ、兄さんみたいにそうおっしゃっていただきますと、わたしもどうってことはおまへんねが。三枚におろして、どないさしてもらいまひょ?

■それを縦に六つぐらいぷつぷつぷつっと切ってくれるか。

▲あ、さよか?えらいもったいないことしはんねんな。へぇっ、へぇっとこんなもんでよろしおますか?

■これをまた縦に二重にぱぁっと切ってくれるか。

▲そんなんしたらぐちゅぐちゅになりまっせ?

■わしが注文してんねん、しぃちゅうてんねや。

▲あぁさよか、へぇへぇ、ほな縦にしてな、これをこういう具合に、こういう具合に、こういう具合に...さしてもらいます。へぇへぇ、これをどないしまひょ?

■それを舟に入れて。

▲へぇ、舟に入れさしてもらいまっさ。へぇへぇ、へぇどうぞ。

■それをな、水たまりあるやろ?あそこへばーんと放り込んで、長靴でうにょうにょうにょうにょって踏んどけ。

▲そんなことしたらあんた、食えんようになりまっせ?

■わかったあんが、まじないにすんねや。

▲さよか、へぇへぇ、こんなお客さん初めてでんな。うにょうにょうにょうにょ...これでよろしか?

■なんぼやな?二円か?ちょっと待ってや。うん、なに?うん、そらー、そうやな。そーらお前の言うとおりや。その鯛いらんわ。

▲そんなあほなこと言いな!いらんわってあんた、こんなぐちゅぐちゅにして!

■ぐちゅぐちゅにしてへんがな。俺は買う気あんねんけどな、銭が物言うとんねや。

▲あほなこと言いなはんな!銭が物言うたりしまっかいな!?

■お前の腐った鯛が物言うたんちゃうんかい。銭が物言う世の中していま物言うとんねや。なぁ?待っとれ。なに?一円札言うたら銭仲間でもお兄いさんとかなんとか言われてると、なぁ?いっぺん二円のやつ五十銭に値切ってまた二円に買い戻したら銭仲間に顔向けができん?そらそぉや、お前の言うとおりやそれは。ちゅうようなことやさかい、いらん言うてんねや。

▲そんなこと...!

■そんなこともくそもあるかいな。お前は売る気や、わしも買う気や。せやけど肝心のこいつが行くの嫌や言うとんねん。縁談でも一緒やろ?親同士もらうやります言うてても本人が行く行かん言うたらこの縁談破談やないか。なぁ?向こう先見て商売しぃや。どんな客が来るやわからんで?わかったぁんな?ごめんやす!(退去する)

▲大将!もしちょっと待っとくなはれ!大将!!

(魚屋の嫁)ちょっとあんた!なんでんねやさっきから見てたら。大ぉきな鯛を潰しちゃんちゃこにして、そこらへ放りちゃんちゃこにしてしもて、あんたはほんまに体のないひとやな!

▲いや、鯛があったさかい、こんな目ぇに遭うたんや。

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