落語聞き覚えメモ『池田の猪買い』(笑福亭仁鶴)
(丼池の甚兵衛、以下■)どないしたんやお前、鼻のてっぺん真っ黒にして。
(喜六、以下●)へぇ、これ灸。
■んなおかしなとこに灸据えな。鼻のてっぺんに灸吸えるやなんて...
●なに言うてなはんねん。これはこないだ来たときあんたが教えとくなはったんやで?
■わしが?んなおかしなこと教えるかいな。鼻のてっぺん...あぁ、あれかいな?何をすんねんそうやないがな。あらこないだお前が来たときに、のぼせてしょうがないちゅうさかいに、盆の窪、首筋のここんところに灸据えと、こない教えたげたんや。
●へぇ、初めはここに据えたんやけどね、あのときあんた言うてなはったやろ?灸ちゅうもんは据えた上へ据えた上へ据えていけてね。
■そうや。火がよぉ降りるように、据えた上へ据えた上へ据えていくねや。
●そうでっしゃろ?ほでわたい据えた上へ据えた上へ据えていったんや。んで灸がだんだんだんだん上へ上へ上がっていきまして、十日目にちょうどこのへん(額)まで行って、そこっからずっと下がって、ここ(鼻)で打ち止め。
■んなアホなこと言うてんなぁ。灸の真ぁ上に据えんねんで?
●ええ、こう真ぁ上へ上へ据えんたんや。ほんならなんぼでも上へ上へ...
■わからんやっちゃなぁ!形があるやろ形が。形の上へ据えんねんで?
●へぇ、形おまっしゃろ?ほんで形の上へ上へ...どんどん下へ下へ...
■何を言うてんねん。前の形があるやろ?その上へ重ねて据えんねん。
●あ、重ねてか。わたいもけったいななぁと思てたんですわ。このへん(つむじ)まではなんとか上へ上へやけど、ここ(額)からは下へ下へ(鼻)なりまっしゃろ?
■喜んでるんやないがな。熱かったやろ。
●熱ぅおました。ここ(鼻根)まではなんとか辛抱でけたんやけど、鼻のてっぺん据えたときの熱かったこといぅたら。
■そら熱いわいな。ほんで何かいな?治ったんか?
●へぇ、おかげさんですっくりと。
■治ったんやな?
●それがまだでんねや。
■ややこしい物言いしな。すっくりとちゅうさかい、治ったんかしらんと思うがな。
●いや、それがね。のぼせは取れたんですけど、今度は体が冷えてどもなりまへんねや。
■けったいな体やな、上がったり下がったり...んで何か診てもぅてんのんか?
●へぇ、もう薬に診てもぉて医者飲んで。
■そらあべこべやがな。治らんねやったらいっぺん猪の身やってみるかぇ?
●猪の身ちゅうたら猪の肉ですか?
■そうや。
●あんなもん効きますか?
■薬食いちゅうて体にええとしたぁる。わしも若い時分にいっぺんやったことあんねんけど、体がほこほこ温もってえぇ具合や。騙されたと思ていっぺんやってみ。
●へぇさよか。ほんだらこれからちょっと行って買うてきます。
■待ち。このあたりに売ってるような猪の身は捕ってからだいぶ日ぃが経ったあるで。いまとれとれの新しいやっちゃないと薬の効き目、効能がないねや。
●なるほどねぇ。ほで、その新しいのんちゅうたらどこ行ったら売ってまんねん?
■ちょっと北、池田でも行ってみ?向こう行ったら向こうは猪のぎょおさん捕れるところやさかい、いつ何時行ったかて一頭や二頭ぐらいの猪はあるやろ。
●ほなこれから行って...
■待ちちゅうてんねん。お前だいぶんいらちやなぁ。そうやないかいな?いまごろから池田へてくてく歩いて行ってみ?日が暮れてまうがな。明日朝早ぅに出てかけなはれ、よろしな?ほんでなぁ、向こうは大阪と違うてね、だいぶ冷えるさかいに、病もちが冷えこましたらなにもならん、温い恰好していかなあかんで?ほで行きしなこっち寄ってもらわんと、頼みたいことがあるさかい、わかったあんな?温い恰好してくんねんで?ええ?
あくる朝になんの待ち焦がれて
●(戸を叩く)甚兵衛はん!(戸を叩く)おはよう!(戸を叩く)ちょっと開けとくなはれ!
■わかったある!どんどん叩きな。戸が潰れるがな。ああ、くぐりが開いたあるさかい、開けて入り。
●くぐりではあきまへんねん。大戸開けてもらわんと。
■どないなったんねん?ガラガラ...
●おはよう!
■お前なんちゅう格好してんねん。
●あんたなるべく温い恰好してこい言いなはったさかい、家にあるもんみな着てきたんや。合わせに綿入れ三枚ずつ重ね着にしまして、ぱっちも三枚まで履いたんやけど、あとどないしても巻かれへんさかい、残りは周り吊ったありまんねん。
■吊りなほんまに、首のあたりややこしいな。
●へぇ、首巻き巻いてまんねんけど、間から風が入ったら冷たいさかいに、風呂敷に布巾に雑巾に周り詰めといた。
■ややこしいことしないな。頭もおかしいで。
●へぇ、頭巾被った上から頬かむりしてまんねんけど、なんやったらいっぺん体にむしろ巻いて荒縄かけてもらおうかしらんと。
■そんなややこし恰好すんねやないが、いっぺん脱いでしまい。ええ加減に着てたらええねん。みな脱がいでも。
●ほんで、猪の身はだいたい、どのぐらい買うてきたらよろしいやろ?
■そうやなぁ。昨日も言うたとおり、いっぺんに買いすぎて古ぅしてしもたら薬の効き目がないねさかい、さしあたって三百目も買うといたら十分やなぁ。
●三百目でよろしいか。
■それからわしの分も別に二百目買うて来てくれるか。
●あ、さよか、んならあんた二百目でわたい三百目で都合五百目ですな?
■そういうこっちゃな?
●ほんだら途中で弁当つくぼったり渡しに乗ったりしたかて二円もあったら十分やな?
■二円もいらんけど二円ありゃ心丈夫やな。
●へぇ、二円いうたら僅かやなぁ....
■まぁ、僅かやなぁ。
●ねぇ?貸してくれるか?
■何を言うとんねん、僅かやったら自分で出したらどないやねん。お前には確か、こないだ五円貸したあるはずやけど?
●へえ、そう思てまんねんけど、いつでもよろしいわ。
■何を言うてんえねんアホ、それはわしが言うねや。お前に物言うたらなんや損するような気がしてしゃあない。ほなここに二円あるさかい、五円と一緒に。
●へぇ、一緒に倒すわ。
■倒したらあかんがな。
●ほなこれから行ってきます!行ってきますわ。
■行ってきますわってお前、池田へ一人でよぉ行くか?池田へ行く道知ってんのんか?
●池田へ行く道でっしゃろ?わて思いまんねんけど、とりあえずいっぺん難波に出ますわ。
■それからどないすんねん?
●それからどないすんねんって、紀州街道を南へ南へいっぺん行こか?
■お前和歌山行くんか???池田やろ。
●和歌山から池田行けまへんか?
■そんなもん行けるかいな!
●さよか。こないだ池田の友達、和歌山から嫁はんもろたんやけど、あらどういうふうにしてもろたんやろ...
■団子理屈言いないな。行けんことないけど、大阪から池田行くのになんでいっぺん和歌山廻んねんお前は。わからんねやったらいっぺん尋ねたらどや理屈言わんと...問うは当座の恥、問わぬは末代の恥ちゅうねやさかい。そこへ座り。教えたるさかい。これへ表へ出ると、丼池筋やな。これをどーんと突き当たる。
●あぁ、でぼちん打つわ。
■打たんでもええねや。まっすぐ行くことを「突き当たる」という。丼池の北浜には橋がない。
●さようさよう、昔からない未だにないこれ一つの不思議。なんぞ不思議なことあろう。
■橋ない川は渡れんてなことを言うがな。
●渡るに渡れんてなことおまへんで?
■えらいな。どうして渡る?
●船で渡ろか泳いで渡ろか。
■それではことが大胆な。
●ほたらどぉしょ。
■やかましな、黙ってなアホやな。そこへ左へ行くと淀屋橋という橋がある。淀屋橋、大江橋、蜆橋、と橋を三つ渡る。お初天神の西門のところの「紅う」という寿司屋の看板が見えたある。これが目印、こっから北へ一筋道、十三の渡し、三国の渡し、と渡しを二つ越える。服部の天神さんを尻目に殺して岡町から池田。池田も町ん中ではあかんねや。山の手行って山猟師の六太夫さんて訪ねたら、大阪まで聞こえた猪撃ちの名人や。尋ねながら行っといで。
●へぇおおきに。はぁ、親切に教えてくれはるわ。(しばらく歩く)あぁ~なんや言うてなはったな。問うは豆腐屋の損で、問わなんだら松茸屋の損か。研ぐは研ぎ屋の錆で、研がなんだら真っ赤かの錆か。つまりわからんことがあったら誰ぞに聞いたらええと、こない言うたはんねんけどな。同じものを尋ねるのにしたかって、ゆっくり歩いている人に尋ねたらぼつぼつ教えてくれて手間がかかってどんならんさかい、ちょっと忙しそぉにしてる人探してぽんぽーんとあっさり教えてもらうてなことで。あ、この人急いではるな。ちょっと物尋ねます!
(通行人、以下○)はいはい。
●あんたえらい急いてなはるな。
○わたし心急きですが?
●何がそない心急きです?
○うちの嫁はんに気がつきましてね。
●なんですか?
○うちの嫁はんに気がついたんです。
●あんたんとこの嫁はん、けつね憑いたん?
○けつねやない、「気」です。
●何の「気」です?
○わからん人やな、産気や。
●はぁ、どこに参詣しなはんねん?
○なにを言うとんねん、子供が生まれまんねや。
●あっ、子供が生まれるさかい、そない急い
でなはるの。ほなちょっと物尋ねるわ。
○んなおかしいな、この人。なんや?早ぉ聞き。
●あんた丼池の甚兵衛はん知ってるやろ?
○知らん!見たことも聞いたこともないわ。
●そかてわてこないだうどんよばれたんや。
○知らんがなそんなもん。
●あそこの家、表へ出ると丼池筋や。ほで、どーんと突き当たるわでぼちん打つと思てなはるやろ?
○思てへんでそんなもん。
●ここみな思うところやで?わたいも最前思たんやで?丼池の北浜には橋がない。昔からない未だにないこれ一つの不思議。なんぞ不思議なことあろう。橋ない川は渡れん、渡るに渡れんてなことおまへん。どないして渡る、船で渡ろか泳いで渡ろか、それではことが大胆な、ほたらどぉしょ。
○何をごちゃごちゃ言うてんねや。
●へぇ、そこへ左へ行くと淀屋橋という橋がおまんねん。淀屋橋、大江橋、蜆橋、と橋を三つ渡る。お初天神の西門のところの「紅う」という寿司屋の看板が見えてまんねんけど、この寿司屋でわたい寿司を食うと思うか、食わんと思うか。
○そんなんわたしにはわからん。
●わからんって、人間には推量っちゅうもんがおまっしゃろ?
○んなまぁ寿司屋があんねやさかい、食べなはんのんか?
●食うてたら銭が足らんやろ思いますが。
○ほなまぁ好きなようにしぃな。
●そっから北へ一筋道、十三の渡し、三国の渡し、と渡しを二つ越える。服部の天神さんを尻目に殺して岡町から池田。池田も町ん中ではあきまへん。山の手行って山猟師の六太夫さんて訪ねたら、大阪まで聞こえた猪撃ちの名人やけど、そこへ行くにはどないしたらええやろ?
○わたし思いまんねんけど、あんたがいま言うたとおり行ったらええと思いまんねんけど。
●ああ、さよか!
○何を言うとんねんアホ!
●うわぁ~「言うたとおり」やぬかしやがんねん、しかし念には念入れちゅうことがあるさかい、もっぺん誰かに尋ねたろか。あぁ、こいつも急いどるな。ちょっと物尋ねますが!
○なんやちょいちょい。
●あ、今の奴や。
○馬鹿にすな!
あっちで尋ね、こっちで尋ね、十三の渡し、三国の渡し、と渡しを二つ越える。服部の天神さんを尻目に殺して岡町から池田。池田も山の手にかかりますと、さすがに寒気も厳しい折から、綿をちぎって投げるような雪がちらーちら...
●お~...さぶっ。あ~~~....よぉ冷えるなぁ。こない寒いねやったらあれみな着てきたらよかったなぁ。脱げぇ脱げぇってあんじょうみな脱がしてしまいよんねん。(畑をのぞき込む)お百姓ちゅうもんはえらいもんやなぁ。この雪の中畑へ出て野良仕事してなはる。お百姓!お百姓!ちょっと物尋ねますがな。お百姓!百!五十五十!四十六十!人が物尋ねてんのに...あぁカガシやあれ。よぉできたあんなぁ~頭が一升徳利で蓑と笠が着せたある。とっくりと見なんだら身の一生の過ちやなんてなぁ。
しゃいしゃいしゃいしゃいしゃいしゃい....ンモォ~~~!!
●あぁびっくりした!不意に耳元で牛鳴かしたりしないなびっくりするがな。
(池田の百姓、以下□)堪忍しとくれ、なんせ相手は畜生じゃでなぁ。
●畜生はわかってるけど、ほんまにびっくりしましたで?びっくりしたついでにちょっと物尋ねるが?
□おかしなついでやな、何尋ねなはんねん?
■あんた、山猟師の六太夫さんってご存じやおまへんか?
□おお、ええとこに聞きなはった。わしの手の先見てみ?
■なんですか?
□先を見るのじゃ。
■手の先ねぇ、太い指やなぁ。
□指の先。
■爪が伸びてる。
□爪の先。
■垢が見える。
□何をごちゃごちゃ...この方角を見んねん。
■あぁ方角ねぇ。
□向こうに白壁が見えてね、灯りがちらちら見えたあるやろ?
■なんですかあ?
□えぇ、その灯りがちらちら見えてね、この塀がずうっとね。
■あぁ、どのへんに?
□あれ見えんか?
■そのねぇ、壁と灯りは見えたあんねんけど、そのちらちらっつうのが見えん。
□そんなもんどこ行ったら見えんねんアホよ。あの裏手が六太夫さんとこや。訪ねていき。
■へぇおおきにどうも。こんにちは!山猟師の六太夫さんとこはどちらですか!
(???)六太夫とこなら手前じゃ。
■あぁさよか、えらい拍子の悪い。何軒ほど手前やろうなぁ。
(???)ここが六太夫の家じゃ。
■あぁ、これが?えらい汚い家やなぁ。お留守ですか?
(???)中から物言うとるやないか、最前から。
■それが、ちょっと暗ぉて見えまへん。
(???)まぁ田舎の家ちゅうのは、薄暗いもんや。ちょっと待って今な、囲炉裏の火燃やして明るぅしたげるで。ふぅ~、さぁこっちお入り。
■へぇおおきにどうも。あぁ~~寒い。もう寒い折にはこれが何よりのご馳走ですなぁ。あんたが六太夫さん?
(六太夫、以下▲)そうじゃ。
■ほんまに六太夫さんか?
▲疑り深いなぁ、わしがそやちゅうてんね
や。
■わたいら芝居見てよぉ知ってまっせ?山猟師ゆうたら色の白い綺麗なもんやけど、あんた髭面で真っ黒けやな。
▲ほんまもんはこんなもんじゃ。
■あ、さよか。
▲何しに来なはったんや?
■へぇ、大阪から猪の身を分けてもらいに来ました。
▲おぉ、客人かな。大阪から。そら遠いところよぉ来なはったな。
■ところが古いのはあきまへんねんで。今とれとれの新しいやっちゃないと。
▲あぁ、うちはいつ来てもぉても上見てみ?ぶらさがってるやろ?こらもうおとつい捕った猪でいたって新しい。
■やぁ、その手は食いまへんで。わたいら素人やさかいね、こりゃあ古いか新しいかわからへんさかい、すまんけどこれから山へ猪撃ちに行ってもらえまへんか?
▲あっさり言うなお前。猪の身なんぼほど要んねん?
■へぇ、甚兵衛はんが二百目で、わたい三百目でな。
▲五百目ぐらいで山へ撃ちに行けるか。
■いや、そんなん言わんと。来しな表白いもんがちらついてましたで。こういうときは猟が立ちまっせ?
▲なに、猟が立つ?そらええことを言うた、よし。ほんだらまぁ、出かけようか。
■そうしなはれそうしなはれ。
▲牛に牽かれて善光寺参りじゃ。さん!さん!
■何言うたはりまんのん。
▲犬呼んでんねんな。
■ええ、なんのかんのって、六太夫さんがさん呼んで六三の早かぶか。
▲んなあほなこと言いな。猪之よ!
(猪之、以下▼)ん゛ー!
■あー、びっくりした。これはなんでんねん。
▲わしのせがれじゃ。
■さよかー、わたいまた「猪之よ」言うなり黒いのが飛び出してきたさかい、この家猪飼うたあんのんかいなと思って。これ新しいか?
▲アホなこと言いな。わしのせがれや言うてるやろ。
■もうこれ、これから山へ猪撃ちに行くのん邪魔くさい、これ撃って間に合わしとこか。
▲アホなこと言いな。猪之よ、これから大阪の客人とな、猪を撃ちに行ってくるが、一人で寂しかろうが、大人しゅう留守番してんねやぞ。
▼ん゛ー。
▲んーってな返事があるかい。大阪の客人に笑われるぞ、田舎の子供は行儀を知らん、ちゅうて。返事ははい、とするもんじゃ。
▼ん゛ー。
▲まだんー、ちゅうてるしゃぁないもんじゃ。
▼ととかて、猪撃ったらじき戻ってきてや!
▲ん゛ー。
▼とともん゛ー、言うてるやないかい。
▲大人はかまへんのんじゃ。客人、ぼつぼつ出かけるかな。
■ん゛ー。
▲おまはんまで言わんでええのじゃ。(山を登り始める)はよ来いはよ来いはよ来い来い来い....
■ちょっと待っとくなはれあんた。そう先どんどん行きなはんな。あんた山馴染みやけどわたし初回や。
▲初回も何もあるかいな、早いこと来い!
■無茶しなはんなあんた。他人の体、襟首掴んでばぁって上に放り上げて...うわぁ、高い所へ出てきましたな。
▲そうじゃろ。あの沢を来ると、これへ出られる。
■はぁさよか。もし、見てみなはれ。さんがえらい吠えてますけど、見つけたんと違いますか?
▲なに?あ~、ほんに。二頭いとるな。
■そうでんな。二匹いてますけど、あれなんですか?親子でやすか?夫婦でやすか?
▲この時期に親子ちゅうものはない。あら雄と雌じゃな。
■あぁ~ほんなら夫婦ちゅうもんですな。
▲まぁまぁそんなもんじゃ。
■はぁ~、ほんだらあれなんですか?あの夫婦というものは、仲人を立ててもうたというようなものですか、それともどれあいというような...
▲(銃を取り出す)猪に仲人もどれあいもないねや。どっち撃とう?
■どっち撃とうかて、いっぺんにバンバーンと。
▲そんなわけにはいかんで?(銃を構える)片っ方撃ったある間に、もう片っ方逃げんねや。どっち撃つ?
■ほうでんなぁ。どっちの身が美味い?
▲そらまぁ雌のほうが柔らこくて美味いなぁ。
■さよか。甚兵衛はんあの人歯ぁ悪いさかいね、雌にしてもらいまひょか。
▲よぉし。雌を撃つことにしようかな。
■あんた目方で商売しなはんねんなぁ。みすみす目の前で大きいほう逃がさすの気の毒ななぁ。雄にしてもらおうか。
▲わしはどっちゃでもええねけども。ほんだら雄を撃とうか。
■甚兵衛はん歯ぁわるいさかいな。雌にしようかな。
▲なら雌いこうか。
■雄がええかなぁ。
▲なら雄いこうか。
■雌...
▲どっち撃つねんお前。ええ?はよ言いなはれ!
■いやもうどっちでもよろしいわ。とりあえずバンバ~ンと!
▲わかったあるけど、横からごちゃごちゃ物言いなや?的を外してしまうさかい。
■わかってますがな。何も言いやしまへんがな。たのんまっせ?けど、あの猪の身ちゅうたら美味いやろうな。
▲とれとれの猪の身ぐらいおいしいもんはないわい。
■そうでっしゃろなぁ。わたいもう大阪までよぉ辛抱せんわ。帰りあんたんとこで食べさしてや。
▲あぁ、食べたらええ...
■入口に根深埋まってましたけど、あれちょっと分けてや。
▲あぁ、まぁ使い...
■鍋も貸してや?
▲あぁ、使こたらええがな...
■砂糖も醤油も使うで?
▲なんなと使いぃな...
■飯あるやろか?
▲やかましな。撃たれへんやないかい。
■撃っとくなはれ!それ!今や!ダンダーン!!わぁ~~~!!当たった当たった当たった!転んだ転んだ転んだどっこいどっこいどっこどっこい...線の上に止まったやり直し。
▲そんなアホなこと言うてんねやない。出てこい。(山を下りる)どうじゃ大きかろう!
■わぁ~~こらまたそばで見るとまた大きおまんなぁ。これ新しいか?
▲どついたろかこいついっぺん。いま目の前で撃ったとこやないかいな。
■いや、わたい疑り深い人間やさかいね。あんた出しなに猪之におかしな目つきしてなはったやろ。猪之が古い猪掲げてね、ここまでえっさえっさえっさ持ってきて、ここできゅーっとすり替え。
▲そんなアホなことができるか。古いか新しいかこうしたらわかる。
あまりのことに六太夫さんむかむかっときましたか、猟銃を逆手に持ちますと、台尻のところで猪の頭をぼんぼーん。この猪は弾食ろうて死んでいたやつではないんで、音聞いて気ぃ失のうてたやつでしたさかいに、ぼんぼーんと当てられた拍子にむくむくっと起き上がって向こうへ指してとことことこ...
▲ほれ客人。あのとおり新しい。
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