世界樹の森 ← 調査報告会

冷たい張り詰めた空気の中、静寂が時を支配していた。
サン・ド・グラベル大聖堂の真ん中、神の間と呼ばれる大きな礼拝堂に、彼らは跪かされていた。
沈黙の理由は、言わずもがな、だ。だが当の本人は不敵な笑みを浮かべたまま、微動だにせず前を向いていた。
周囲を取り囲む真っ白な鎧に身を包んだ騎士隊は、ローのいる部隊とはまったく違う。神の間を護り神に支えし騎士隊、グラス・グロウス聖騎士団。だがそれよりプレッシャーを与えてくるのは、中央壇から彼らを厳しい目付きで見下ろすペイジ館長と7人の聖職者たちだった。
ローとキティは、生きた心地がしなかった。かつて経験したことの無い圧力と、どんな裁きを下されるのかという畏怖。互いに顔を見合わせることすら出来ないまま、跪いて硬直していた。
「失礼ですが」
凍り付いた空気に、ジルが毅然とした声で亀裂を差し込んだ。
「我々は何故、ここに呼ばれたのでしょうか。先程から沈黙を護ったまま、何の進展もありません。何か我々に伝える事がおありでしたら、ご遠慮なく、早くお伝え願いたいのですが?」
ローとキティは意図せず、心中が一致した。
(頼むから、やめてくれ!ジル!)
吐き戻しそうな緊張感の中、ペイジ館長は重い唇を開いた。
「……此度の調査、かなり被害の大きいものとなったようだな。まさか12名の調査団員、全員が帰らぬ者となるとは……」
厳しい口調に、キティの顔が強張る。
「騎士団長のお前が着いていながら、この失態。……何か弁明はあるか?」
さらに続けての追求は、まさかのローに矛先が変わった。慌てた様子を悟られぬように、ローは跪いて下を向いたまま答えた。
「……ありません。すべては騎士団長として彼らを護れなかった自分の失態、叱責は私にお願い致します」
キティを、ジルを守る為の、彼なりに考えた最善の返答だった。
しばしの沈黙が、まるで永遠かのように長く感じられた。三人を厳しく見下ろしたまま、ペイジ館長は続けた。
「……では、次にこのエメラルド鉱石について問う。これは誰が見つけ、誰の手で運ばれたものだ?これだけの巨大なエメラルド、まさか容易に常人には運べまい」
ペイジ館長の声が、少しだけ優しくなった。
「鉱石鉱物に限らず、資源採取に長けたキティ研究員。そして常人よりも類稀なる筋力を持った、我が息子ロー。二人の功績は過去何度も、そして今回も変わらず素晴らしい。調査に危険は必ず付き纏う。隊員たちの死を軽んじるわけではないが、二人に責任を問うのもおかしいだろう。よって、今回の調査に関しては責任不問とする!」
ざわつく聖職者たちに脇目も降らず、ペイジ館長はにっこりと二人に微笑んだ。
だが、二人の反応は館長の予想したものではなかった。むしろ困ったような表情で、何と説明して良いかと悩むような素振りを見せていた。
「……どうした?」
見ると困り果てた二人の隣に、一人見慣れない髪色の男がいる。
「そういえば、お前は誰だ?先程から報告会に参加していたが……、異国の者か?見慣れない髪の色をしているが……。顔を見せよ」
ふうっと大きく溜め息を吐いて、彼は顔を上げた。
「……な、お、お前は?!」
キラキラと碧色の輝きを纏いながら、ゆっくりとその得意げな顔を見せた。薄くエメラルド色に煌めく髪色に反射して、彼の瞳までもが碧色に光っている。
「……ジル?!まさか、お前、その髪の色は……?」
ジルはにやりと笑うと、右手を高く上げた。祭壇に運ばれた巨大なエメラルドが、ふわりと浮かび上がった。
「……な?!」
「すいません、館長。そのエメラルドはキティが見つけたわけでも、ローが運んだわけでもありません。私が見つけ、運んだんですよ。私の……魔法でね」
そう言うと、ジルはエメラルドを自分の所まで降ろした。ペイジ館長は浮かび上がるエメラルドを目で追いながら、口をぽかんと開いて何も言えなくなっていた。
「ジル、お前……魔法が?」
その言葉に、ジルはにっこりと笑って答えた。
「そう!魔法、ボクの魔法です!見てください!ホラ、とうとうボクも魔法が使えました!」
テンションが上がるのに合わせて、エメラルドも輝きを増していく。まるで、ジルの心が伝わっているかのように。
「な、なななな!なんと!き、緊急事態だ!」
あまりに予想外な報告に、ペイジ館長は珍しく慌てふためいて叫んだ。
ジルは別室に呼ばれる事になり、ペイジ館長に加え三人の魔法律監査官が集まっての特別査問会が執り行われる事となった。

真っ黒い小さな部屋の中で、ジルは木で出来た粗末な椅子に座らされた。どうやら長く誰も使っていないらしく、少し動くだけでギィギィと音が鳴る。
「いやあ、酷い座り心地だなあ」
「黙れ!さあ、答えろ!なんだ、その髪の色は。何なんだ、その魔力は!!」
軽口を叩いたジルに、監査官が詰め寄る。だがジルはそれを鼻で笑って、さらりと答えた。
「だから、エメラルドですよ。魔法の結晶、そこに封じられていた無限の魔力を取り込んだから、ボクはいま無限の魔法使いになったんです」
エメルの事は、あえて詳しく話さなかった。そんな話は信じてはもらえないだろうと思ったし、余計に場を混乱させるだけだと考えたからだ。
「無限の魔力、だと?」
「ありえない!馬鹿げてる!空想だ!」
三人の監査官は声を荒げるだけで、何一つ理論的な話をする気配は無かった。
呆れ果てたジルは、やれやれと溜め息を吐きながらペイジ館長を見て言った。
「館長、彼らは私の現状把握も事態の理解も出来てはいないようです。館長の裁定で、この事態を収束していただきたいと考えるのですが、宜しいでしょうか?」
ジルは極めて冷静に、館長だけを見て話した。三人の監査官は何やら口々に喚いていたが、不思議と二人の耳には互いの声しか届かなかった。
「……わかった。私が預かろう、しばし待つが良い。追って決定事項を伝える」
それだけ言うと、ペイジ館長は部屋を出て行った。
残された三人の監査官は、まだ何やら喚いていたが、ジルはその間をすり抜けて部屋に戻った。

「ジル!!」
部屋に帰ると、ローとキティが扉の前で待っていた。
「やあ、二人とも。元気?」
「それはこっちの台詞よ!あなた、大丈夫だったの?」
落ち着いた様子のジルとは裏腹に、キティは慌てて問い掛けた。心配のあまり、キティはジルの両腕を無意識に掴んでいたが、彼はそれを優しく解いて二人を部屋に招き入れた。
「さあ、とりあえず無事に帰還したんだ。今夜はお祝いに、久しぶりに三人で夕食でも食べないかい?ローとの間を邪魔する気は無いけど、たまには三人で語り合おうじゃないか」
ジルは奥のソファに腰掛けて、二人にも座るよう手で促した。誘われるまま椅子に座ると、テーブルには知らぬ間に紅茶が用意されていた。
「久しぶりの夕食会だ、何を食べようかなあ」
浮き足立った様子で、ジルはガサガサと近所の食事処のチラシを広げた。
「魚料理、パスタ、肉……。うん、やっぱり肉が良いな。赤々と血の色が輝く、始まりの大地のような……」
料理を選ぶ様子だけでも、彼の異常さははっきりと見て取れた。
キティとローは黙ったまま、用意された紅茶に手も付けずに黙ってそれを見守っていた。

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