ウッドブロック調査探索

ウッドブロックは世界樹周辺の森林地帯の事で、樹々がまるで網の目のように絡まり合っている。だからいまだに未開の場所や、未発見の動植物、あるいは鉱石などが多く眠っている。
キティ率いる調査隊は、正式名称「大陸資源調査探索隊」なのだが、彼女の趣味で通称「サーチウィッチ」と呼ばれている。組織的な繋がりが明確にあるわけではないが、彼女はまるで秘密組織のように調査隊を特別視していた。
「さて、とりあえず大事な話を先にしますね」
隊長であるキティが、普段よりも割と丁寧な言い回しで皆に話し始めた。そのギャップにローは少し笑いそうになったが、持ち前の鋼の精神でなんとか持ち堪えた。
「今から調査に入るウッドブロックは、我々も何度となく探査演習などで立ち入っています。しかし、この森は知っての通り魔の巣窟。勝手な行動による未調査物質や生物への接触、未開のルートへの侵入は死を意味すると思ってください。固まって行動、必ずグループでの調査に当たること!さもなければ、命の保証は致しません!」
強い口調で言いながら、ローとジルの方をチラリと鋭い目で見た。もちろん、彼らもそれに気付いていた。
「とまあ、脅しはしましたが、勝手な行動をしなければ何も心配はありません。今回は特例として、護衛騎士団長のロック氏と、調査の補佐としてジル・グルス教授に御同行いただいています。何かあれば危険に関してはロック氏に、調査に関してはジル教授の意見を聞いてみるのも良いでしょう!」
なんとなく、二人は気恥ずかしい気持ちになった。普段何気なく呼び合っているキティから「騎士団長」とか「教授」とか、改まって呼ばれるのには慣れていないどころじゃあない。まるで皆の前で芝居でもしているような気になって、なんだか身体がムズムズした。
「さて、では行きましょうかっ」
高らかに拳を振り上げ、キティは先頭を切って歩き出した。みんな彼女を慕っていて、何の不安も見せずに歩いていくその姿に、隊員たちもまた元気良く歩き始めた。
草ばかりの丘のような場所を越えて、次第に草木が生え茂る地帯へと踏み込んでいく。ケロケロ、ケタケタ。森に深く入り込むに連れて、次第に得体の知れない鳴き声が増えていく。足元は少し濡れていて、おそらく泥状の何かの上を歩いている。だが、明かりの少ない森の中では、それもなんとなくしかわからない。
「暗い森だな、昼間のはずなのに」
「樹々の密集率が高過ぎるのよ。空を塞いで、湿った空気と闇を溜め込んでいるの」
キティの説明に、ローは震えた。もともとあまり怖い話なんて好きではなく、オカルト系の話はさらに苦手だった。触れられない、見えない存在というのは、どうも肉体を鍛えるほどに畏怖の度合いが上がるらしい。
「だが、涼しくて良いな」
その少し後ろを、颯爽とした雰囲気でジルが歩く。彼は防寒用コートを着ていたが、闇の森を歩くにはかなり適切な装備だった。重いブーツまで履いていた為、彼の足元は泥を完全に受け付けていない。
「そうだな」
友人の落ち着いた様子に、ローは安堵を覚えていた。少し前までは自分以外の人間と喋ろうだなんて、きっと考えもしなかったであろう。そのジルが、皆を率いて歩いている。中には彼を密かに尊敬したり、憧れている者も少なくないはずだ。黒髪の魔法の神に見放されて生まれた少年は、いま自分の存在に自分で価値を築いた。
そんな風に考えていると、ローはなんだかとても胸が熱くなった。
「しかし、本当に暗い森だな。ライトは無いのか?」
しばらく歩いた後、ローは後方に聞こえないように少し文句を漏らした。
「あるわよ。でも、完全に闇になる一歩手前までは、ライトは使えないの」
「何故?」
「こんな未開未明の場所でライトなんか点けて、もし光に触れただけで消えてしまう花や実があったらどうするの?ううん、それだけならまだ、私達には残念だけど、影響は無いわ。むしろ光を灯した瞬間、私達を突き刺してくる植物や、光を喰らおうとする動物がいても不思議じゃないわ。環境を変える行為は、常に危険が伴う可能性があるのよ」
「な、なるほど」
ちょっとした疑問に、思い掛けない情報量で返答が来たことに、ローは少したじろいだ。その様子を見て、キティが少し得意げな顔をした。
だが、自分はそんなキティの事が好きなんだなと、ローは改めて自身の気持ちに頷いていた。
「ん?なんだ?」
ジルがふと足元のちいさな光に気付き、足を止めた。緑色、いや碧の深い輝き。
「ああ、エメラルドね!この森、たまに落ちてるのよ」
「ふぅん…、本物は初めて見たな」
ジルは珍しく、手に取ったそのちいさな石に目を奪われていた。こんな小さな石の中に、幾重にも乱反射して碧が存在している。その交差による煌めきの増幅が、角度を変える度に形を変えて輝く。
「……素晴らしいなあ」
ジルは感嘆の声を漏らし、じっとエメラルドを見ていた。
「そのサイズじゃあ価値はあまり無いけど、たくさん落ちてると思うから、好きなのを拾って帰れば?加工屋に頼めば、ブローチとかにしてくれるかもよ」
ジルはそれを聞いて、拾ったエメラルドをバックパックに入れることにした。
森が深く深く重なり合い、外が朝か夜かもわからなくなってしまっても、足元に散らばるエメラルドのおかげでなんとか歩み続ける事が出来た。
そして、サーチウィッチ一行はとうとう闇の森を抜けた。
「やった!まず、第一の森は突破したわ!今回はかなり大所帯だったから、周囲の動物なんかで危険な部類の奴らも、きっと手が出せなかったのね!」
一行はほっと一息吐いて、森を抜けた小さな泉のある場所で荷を降ろした。
「案外、危険も無いな」
そう言うと、ローは腰の水筒から水を飲んだ。ふうっとため息を一つ吐いてから、辺りを見渡す。確かに、特別危険なモノなどは無さそうだ。
「とりあえず、今のところね。でもわからないよ、この先は普段そんなに踏み込むような場所じゃないからね」
キティはいちおうの危険予知も含めて、気を抜かないように全員に聞こえる声で言った。その言葉に隊の全員の顔から気の抜けた表情が消えて、少しまた周りを警戒するような険しさが戻った。
ただ一人、あれからずっとエメラルドを眺めているジルを除いて。

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