碧色の墓標

眩い光が収まると、辺りは暗闇に包まれた。
「わああ!」
「な、何も見えないィィッ!」
強い閃光から解き放たれた眼は、周囲の変化を確認出来なかった。慌てふためく隊員たちの声に、キティがかなり大きな声で「落ち着いて!」「動かないで!」と何度も繰り返した。しかしローとジル以外にそれを聞き入れる余裕がある者はおらず、隊員たちはパニックのまま森の端々に消えてしまった。
「あ、ああ……」
落胆するキティの隣で、ローはバックパックから灯りになりそうな物を手探りで探した。食べかけのパンに、手帳、ナイフ、それから……。
「あった!」
ローはマッチランプを取り出すと、すぐにスイッチを入れて火を灯した。マッチランプは簡易式の火の魔法を宿したランプで、スイッチ式ですぐにちいさな灯りを点けられる。
「……そんな」
照らし出された森の中には、隊員たちの死体が転がっていた。その様子を直視出来ず、キティは顔を伏せて崩れ落ちた。ローはキティに覆い被さるように抱き着き、彼女の髪をゆっくり撫でて落ち着かせるように努めた。
そのせいで、二人は隊員たちが何故死んだのかを確認出来なかった。いや、正しく言うならば、隊員たちの遺体には外傷も何も無いのに、何故彼らが死んでしまったのかが疑問に浮かばなかった。
「…キティ、大丈夫。キミのせいじゃあない、大丈夫。大丈夫…」
力無く繰り返すローの隣で、ジルは一人立ち尽くしていた。その視線は、不気味なほど真っ直ぐに一点を見つめ、表情には薄っすらと笑みが見えた。
「……見つけたよ」
その言葉に、二人がゆっくり視線を上げた。
ジルの見据える先に、樹々が開き、その先に碧色に輝く何かがあった。
「あれは…何?」
問い掛けるより早く、ジルが歩き始めた。慌てて追い掛けようとしてふらついたキティを支えながら、ローは彼を追い掛けた。
ジルの歩みは早く、放心したキティを抱えたローには追い付くのがやっとだった。
そんな事も構わず、ジルは樹々の絡み合う場所に手を入れ、掻き分けるように穴をこじ開けた。樹々は不思議な事に、彼が触れた場所からまるで紙細工のように簡単に折れ崩れていった。
「……まさか」
開かれた穴の向こうに、ローは確かに見た。キティも担ぎ上げられた反動で目線が変わり、しっかりと見てしまった。
閉ざされていた樹々の向こうには、エメラルドの光を全身に宿した巨大な樹が生えていた。
「モノの…世界樹……!」
見上げても果てしなく、樹上がまったく見えてこない。ただ遥かに巨大な世界樹の樹肌だけが見え、重なり合う緑と、樹全体から放たれる碧色の輝きは終わりが見えないくらいに無限に広がっていた。
「ボクの、生まれ故郷だ…!」
ジルの表情はまるで本当に故郷に帰り、数年来の母親にでも会ったかのように輝いていた。
掻き毟り広げた穴に、無理矢理に頭を通してジルは森を抜け出した。身体は擦り傷だらけになっていたが、そんなことは気にも掛けていない様子だった。
抜け出した勢いでジルは転倒し、世界樹の側に転がっていった。
「ジル!」
驚いたローがキティを優しく降ろし、素早い動きで抜け穴を斬り広げると、ジルの元へと向かった。
踏み締めた足元の感触から、おそらくジルに怪我がない事はわかった。だが安心するのは、まだ早い。もしかすれば、また近くに魔獣や猛獣、得体の知れない何かが潜んでいるかも知れない。
「…おお」
だが、そんな不安や心配の気持ちも、その一瞬ですぐに消え失せた。
「世界樹……!」
初めて間近で見た世界樹は、その名の通りに神々しく、あまりに壮大だった。その果てしなき雲の上、頂上からなら、まさに世界を眼下に従えられそうな巨大な神木。
そして、モノの世界樹まわりには不思議な空気が漂っていた。碧色の(おそらく苔や菌類の反応とは思われるが)きらきらと輝く光は、その優しいオーラで他の生き物を寄せ付けないように出来ていた。
「おそらくだけど、ここなら害のある生き物は入ってこないわ……」
背後から、ゆっくりと這うように追い付いてきたキティが言った。
「キティ!大丈夫なのか?」
「ええ、むしろこの場所なら、身体が少しだけど軽くなる感じがするわ。たぶん、この碧色の光、ある種のヒーリングだと思う。森の、いえ、世界樹の魔力が辺り一帯を癒してるのよ。だからこそ、こんなに広大な森が出来てるんだわ」
世界樹の枝葉が揺れると、碧色の雫が辺りに舞う。その光の優しさは、見ているだけで癒されるようだった。
「…確かに、この辺りはすごく身体が軽いな」
立ち上がり、見渡してみた。決して毒々しさを含まない、鮮やかな碧色。それが落ち着いた樹々の色と絡まり、まるで水彩で描かれた風景画の一部の中にいるようだった。
「あ!」
ローは突然に大声を出した。
「忘れてた!ジル!何やってんだ、おいっ!」
慌てて走り出した先を見ると、ジルが世界樹に何かをしているのが見えた。キティも釣られて、そこに駆け寄る。
「ジル、それ……」
「……ああ。ロー、見てくれよ」
やっと追い付いたキティが、ローの背中から覗き込んで見ると、そこには子供が一人すっぽり入れるくらいに空いた空間があった。
「こ、ここって、まさか」
「お前の…」
ジルは振り返り、にこりと笑った。
「そう、だがそれだけじゃない。もっと、近付いてよく見てみろよ」
ジルに誘われるまま、二人は近寄って穴を除き込んだ。
「ジ、ジル……!」
「うそ…!こ、こんなのって……!」
そこには、幼い頃のジルが眠っていたであろう空間があった。だが着目すべきは、その下だった。
他と同じく単なる湿地だと思われた場所は、細かく木の根が絡まり合って組み上げたものだった。そして、その根の隙間からは、わざわざ目を凝らして見なくてわかるくらいに眩い輝きが放たれていた。
「……キティ、キミの論文覚えてるか?魔法を違う形の力に変えて、マッチランプみたいに石やアイテムに宿す事が可能だって。キミはそう書いていたよな」
ジルは巨大な碧色の塊を前に、満面の笑みで続けた。
「コイツだ、コイツがボクの魔力を吸い取ったんだよ。ははは、なんだ。なんだよ、答えはココにあったのか」
ジルは足元を睨みながら、網目にナイフを突き付けた。
「……取り返しに来たぞ。ボクの魔力を、ボクの人生を返せ……!!」

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