碧翠の矢 ⇔ 紅橙の剣

緑が生い茂る穏やかな小道は、そよぐ風にサワサワと優しい音を立てていた。
ついほんの10分ほど前に、数人の無関係な者たちを殺め、建物を破壊し、父親だと尊敬していたはずの人物さえ殺してしまった。
空を見上げながら、不思議とジルの気持ちは落ち着いていた。
「これは現実なのか?本当に、ボクが彼らを、父を殺したのか……?」
信じがたい事態に、現実感を失った彼の脳内はふわふわと浮ついていた。部屋に戻り、一晩過ごせば全てが元に戻る。そんな風にさえ思えた。

ジャリッ。

だが彼の妄想は、砂を踏む足音に掻き消された。
「……来たね」
ゆっくりと、普段通りの歩みで二人はやってきた。涙の余韻を感じさせない毅然とした表情のローと、哀しみを頬に滲ませたままのキティ。
「……ありがとう、約束を守ってくれて」
ジルは少し微笑んだが、その顔からは悲哀しか感じられなかった。
「ジル…、やめにしようぜ。もう」
歩み寄りながら、ローは話し始めた。声は少し震えていたが、それはジルも同じだった。
「何を?何をやめたら良いんだ?魔法を使う事をかい?それとも、人を殺す事?いやあ、なんならボク自身をやめるか?」
動揺を悟られないようにか、ジルは少し早口に言葉を吐き出した。笑ってみせたのも、不安を隠す為だ。
「……ジル、もう良いんだよ」
手を差し出そうとしたローから一歩後退り、ジルは叫んだ。
「何が?何がもう良いんだ?!ボクは大勢殺したし、キミの父親だって殺した!次は誰を殺す?キミか?キティか?いっそ国ごと滅ぼすか?!もう止まらない、止まらないんだ!!」
叫びながら、ジルは両手を広げた。碧色の光が、彼の両腕を覆う。その光は激しく、触れるものを全て焼き払わんとする殺意に満ちていた。
「わかった。ジル、お前がそう決めたなら、俺は親友としてお前を止める。キティも、だからいま、二人だけで来たんだ」
一瞬、キティを振り返る。言葉は交わさなかったが、目で二人は通じ合った。

「「ジルを止めよう」」

弾ける光を合図に、キティは後方から魔法障壁を張り巡らせた。ローの前方を、薄く紅い魔法文字が盾となって現れる。それに合わせて、ローは静かに目を閉じて剣に魔力を込めていく。オレンジ色の輝きが、研ぎ澄まされるように刃を昇り詰めていく。
「……お前の過ちを、俺たちが貫いてやる」
ゆっくりと広げた両手を重ね合わせ、ジルもまた魔法を集中させていく。重ねた掌から碧色の光が溢れ出し、ジルはそれをそのまま弓矢の形に完成させた。
「……やってみろよ。ボクの矢は、キミたち如きには止められない」
紅橙の光は壁を作って狙いを定め、碧翠の矢を砕かんと輝きを増した。

『もう、止められないんだな…』

放たれた二つの巨大な輝きは、正面から激突して激しく光を撒き散らした。ぶつかり合う巨大な光と光が、電撃にも似た激しい衝突音を響かせながら互いを貫かんとする。

何故、こうなってしまったのだろうか?
互いに信頼し合う仲だったはずの、ただ偶然に魔力を失って生まれた男の子を憐んでいただけの、優しい物語だったはずななのに。

「負けない、負けられないんだ……」

ここで退いたら、ジルを止められる者はいなくなる。都市は壊滅するだろうし、国民たちも全滅するだろう。だがそれよりも、ジルが帰って来れなくなる。

今を逃したら、きっと、ジルは人間に戻れない。

想いを込めれば込めるほどに、オレンジ色の輝きは強さを増していく。それを紅い魔法障壁が包み込み、弾けてしまわぬように優しく支える。だがもともと護衛の兵の長として日々鍛え上げてきたローとは違い、その魔力を安定させたまま支え続ける事はキティには至難の業だった。
しかし対する碧色の輝きは、まったく衰えを知ることなく威力を増していく。当然、ジルの魔力には底が無い。
ただ強大なだけの人間の力と、悪魔から授かった無限の魔力。

結果など、最初から決められていたのかも知れない。

輝きが爆発に変わり、キティの叫び声もその衝撃音に掻き消された。
紅橙の光は散り散りに宙を舞い、まるで紙切れのようにズタズタになって消えていく。それを貫いたのは、その輝きを微塵も失おうとしない碧翠の弓矢だった。

「……終わりだな、これで」

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