黒い髪の少年

黒い髪の少年が見つかったのは、数年前の話。
都市から少し離れた、森を抜けた先にある巨大な樹「モノの世界樹」の根が集まる場所。たまたま森林地帯の植物採取に来ていた生物調査隊が、根元に絡まるように倒れていた少年を見つけた。
最初は根の影と土に汚れていたからだと思われていたのだが、救出された瞬間にそれはわかった。
少年の髪には一片の輝きも無く、まるで闇をそこに宿したかのように黒一色だった。それはつまり、少年には魔力が欠片も備わっていない事を意味していた。
ある学者は、モノの世界樹に魔力を吸い取られてしまった為に、彼の身体から魔法の力が消えてしまった事が黒髪になった原因ではないかと考察した。
だが、理由の真偽はどうであれ、確かな事実として少年は一切の魔法力を持っていなかった。
ある者はそれを哀れみ、またある者は怖れ、忌み嫌った。黒髪の少年は視覚的にもわかりやすく差別の対象とされ、しばしの間ネルミラ中で良くも悪くも話題の中心となった。
しかし時の権力者グラム17世と、グラベル大聖堂の教皇ロキ9世が彼の境遇に情けを掛けるべきだと説き広めた事で、少年は神に仕える身としてネルミラでの生活を許された。
グラベル大聖堂に神の僕として寝起きをし、大聖堂に隣接するロック大図書館の蔵書管理見習いとして働く事となった。
少年は大図書館管理のペイジ館長に従事し、困難な運命に負けず突き進めるようにとジル・グルスの名を授かった。
ジルはあまり自らを表現するような子ではなかったが、蔵書管理の傍ら読書に熱中した。大図書館の蔵書は優に十万を越す量があったが、十歳になろう頃には既に蔵書の五分の一くらいは難なく読み終えてしまっていた。
歴史・化学・文学・生物学・語学。
やがて十五歳に成長する頃、無数の知識の波を飲み込んだ彼の興味は、次第に自らが持たざるものへと惹かれていった。

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