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喇叭吹き少年と奇跡の旅

ジャンプSQという、かつては月刊少年ジャンプと呼ばれていた雑誌がある。少年誌と青年誌の中間のような、正直カテゴリや境界線が曖昧過ぎてフワフワしている漫画雑誌だったのだが、SQに名前を変えて新創刊されてからは一変した。大人向けな内容、絵柄、月刊からの人気作の引継ぎに加え、さらには荒木先生のような偉大な作家の読切が読めたりと、かなり内容満点な雑誌にグレードアップを果たした。
そんなSQの豪華連載陣の中でも、一際異彩と異才を放っていたのが、『幻覚ピカソ』を描いていた古屋兎丸先生だった。スケッチ風の細かな絵柄と、状況や心理描写の高度なテクニック。荒木先生とはまた違った方向の、しかし同じくリアリティを感じさせる作風で、SQの連載陣の中でも高いクオリティの先生の一人だ。
だがしかし、少年ジャンプで海賊や忍者の漫画ばかり読んでいるような子供たちには、兎丸先生の漫画は作画も作風もかなり衝撃だったはずだ。
そんな兎丸先生の世界に、ボクが初めて触れたのは『ライチ☆光クラブ』だった。元は東京グランギニョルという劇団の作品らしく、しかし漫画を読んだボクはそれがまったく信じられなかった。描き込まれたキャラクター、風景。そこにリアリティをしっかりと感じさせる世界観と、物語。兎丸先生が作り上げた世界なんだと、心底から信じ込み、後に調べるまでずっとそうなんだと思い込んでいた。
それくらいに、兎丸ワールドはキャラクターも世界観も綿密に作り込まれていて、既に『ライチ☆光クラブ』でゼラに心奪われていたボクは、さらに兎丸ワールドに深くハマり込んで行った。
そんな沼に自ら沈む事を選んだ最中、新たに発見した兎丸ワールドが、『インノサン少年十字軍』だった。
舞台はフランスの田舎町、他の子供よりも不思議な雰囲気を纏い、時に天気を言い当てたりしていた少年エティエンヌ。ある日、唐突に神からの手紙と聖なる喇叭を授かった彼は、聖地エルサレムへ旅立つ決意をする。その声に親友のニコラを始めとする12人の少年たちが集い、彼らは少年十字軍として聖地を目指して旅を始める。
だがしかし、もちろん彼らの行手には様々な困難が訪れる…んだけど、その辺は実際に買って読んでいただいて。この企画の趣旨は、漫画紹介というよりはボクの偏った感想文。だからストーリー紹介は最小限に、さっさと書きたい事だけ書き連ねていこう。
兎丸先生の作品に色濃く共通して見られる点としては、少年(あるいは少女)の成長過程での苦悩が挙げられる。『インノサン』の中で「少年は美しく醜悪で、少年は人間でもなく動物でもない。少年は少年という生き物なのだ」という言葉が登場する。兎丸先生にとって、少年という存在は脆さと美しさを兼ね備えている、危うさを抱えた特別な生き物として扱われている。少年が己を信じて過ちを犯すことさえ、きっと少年にとっては疑い無き正義なのだ。
マイナー作家時代の試験的な作品を除いて(そこにも多少の片鱗は見えるが)、兎丸ワールドの中心にあるのは、やはり少年だ。少年なりの未熟さ、危うさ、希望、未来への期待など、正も負も合わせ持った彼らの成長を描く事で、読む者の心さえも少年に戻してくれる。それが兎丸先生の作品の味であり、実際『インノサン』ではかなり色濃くそれが受け取れる。
12人のメインキャラクターですら、それぞれに思っている事が異なる。神の使いとされたエティエンヌを、それよりずっと以前から友としても人としても尊敬するニコラ。最初から最後までまったく意見が合わず、エティエンヌの奇跡の甘い汁だけ吸おうとするギヨームとピエール。他にも泣き虫で甘えん坊のアンリ、明るく気さくなルーク、いつも周りを笑わせてくれるマルクなど、多彩な少年たちが登場する。
だが彼らの平穏な日々は、それぞれの思惑の違いに加え、狡猾な大人達の悪意や、時代の流れに押し流され、いとも容易く壊されてゆく事となる。
ちょっと個人的な話をすると、狡猾な大人代表として登場するユーゴというキャラクターがいるのだが、彼は前半と後半で印象がガラリと変わる。
ある意味で、物語の中心人物の一人なのだが、わかりやすく言うと前半は声優は間違いない大塚明夫さんであったはずなのに、中盤から後半に掛けては大塚芳忠さん以外は考えられないキャラクターへと変わる。わかりやすいかな?わかるかな?え、わかる?わかるなら、良し。良し、良し良ーし。頭を撃ち抜いて良ーし。
まあ長々と色々書いたけれど、もしもコレをきっかけに『インノサン』を読もうと考えてくださるならば、途中誰を好きになっても構わないから、物語自体はエティエンヌの目線で読む事をオススメする。
本作品を通して、エティエンヌは一貫して神の子であり、時代の悪習や環境の変化に戸惑いながらも、最初から持っていた自分の考え方の軸をほぼ変えなかった唯一のキャラクターである。
作品を読むときに楽しむコツは、キャラクターに感情移入する事だとボクは考えている。
エティエンヌは腐敗した十字軍の精神にも、仲間たちの裏切りや死といった負の連鎖にも、ひたすらに神と愛を信じて立ち向かった。だからこそ、彼は神に選ばれ奇跡を起こせたし、例え奇跡が無かったとしても仲間たちや人々から愛される存在たり得たのではないだろうか。そんな彼に感情移入しながら読めばこそ、この物語の意味と哀しみや切なさが心に響くのだとボクは思う。
なんかちょっと真面目に語ってしまったけれど、要するにボクが言いたかった事は、「読んでいて声優が頭の中で勝手に決まる漫画は素晴らしい」という事と、「大塚明夫さんは偉大なキャラクター、大塚芳忠さんは偉大だけどちょっと狂気も持ったキャラクターが似合う」という事だ。
……ん?なんか違うかな?
とりあえず、少年たちの葛藤とか成長、未熟さによる過ちとかが好きなら、迷わず兎丸先生の作品を読め!というまとめで良いかな。ウン、良いな。
無垢なる少年の、儚くも美しき物語。涙無しには読めない事は間違い無いので、皆様も是非読んで泣いて欲しいと思う。
名古屋港水族館太郎、異教徒ポータンでした。

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