空の魔法石

「……というワケで、私は火神ブレアと水神ミュアは反属性ながらに親密な関係だったと推測出来ると思うの。どう?!」
キティはかなり興奮した様子で、楽しそうに問い掛けた。
「うん!思うよ、俺も同意見!」
おそらく考え無しに、ローが彼女の意見に賛同した。マズいなと感じたジルが、すかさず反論に出る。
「そうかな。確かに神話の一つに共に荒れ狂う嵐の神を止める物語があるけれど、あくまでそれは利害の一致であって、相愛とは関係無いんじゃないかなあ」
「ジル、相変わらずロマンが無いなあ」
言葉の真意など何一つ考えていないであろうローが、きょとんとした顔で言った。相変わらずと言うなら、まさにローの事である。
「まあまあ。反論があるのも、また楽しいよ」
「キティは優しいなあ!」
だがまあ、嬉しそうに話しているローを見ると、ボクの企みは成功したから良いかなとジルは思えた。
あれから三人は、よく集まって話すようになった。神話と歴史を絡めて話すキティの考察は面白く、ジルは久しぶりに書物以外で知る知識に興味を持つ事が出来た。
まあ、ローはあまり内容については理解出来ていないようだったが。だからこそ、安易な同意ばかり繰り返していると、いつか同意内容についての説明を求められる時が来る。ジルはそれをなんとか未然に防ぐように、いつも心掛けて話を続けていた。
しかしそれとは別に、ジルが彼女の考察に対して興味を持ったのは事実だった。中でも特に興味を持ったのは、古代の神々と魔法の歴史における関係性の考察についてだった。
彼女によれば、魔法とはもともとは神の御業。神々が太古より創りし自然に宿った力を、人間の体内に生み出される「それらを操るなんらかの力」によって真似て動かしているに過ぎないという事だった。
つまり、魔法力とは魔法にのみ通じる力の事ではなく、どこにでもある別の力を「魔法を操る力」として使っているに過ぎないという説だ。
これが事実であれば、水や風、あるいは火を燃やす力を流用して魔法を使うことが出来る。即ち、魔法力を体内に宿さぬ者にでも、魔法を使う事が出来るという意味になる。
「あ!そうだ、二人とも!この後時間ある?」
「ん?ああ、特に予定は無い。どうした?」
いつの間にか、ジルはキティとも普通に話せるようになっていた。いまでは、三人の間に隠し事など無いほどに親密な関係になっていた。ほとんど同意しかしないローと違い、ジルの豊富な知識から生まれる考察は、たとえ真っ向からの反論であったとしても、彼女にとっては貴重な意見の一つであり新たな考え方のきっかけと成り得るものだった。
「実はね、ちょっと見せたいものがあるんだ」
「見せたいモノ……、部屋で?それとも研究室?」
「残念ながら、乙女の部屋に簡単に男性を入れはしないわ。資料保管室よ。ちょっと、二人にも意見を聞きたいの」
軽く冗談を交えながら、キティは言った。本心ではジルの鋭い考察に期待しての提案だったのだが、それを悟られぬようにの事だった。
研究棟を抜けて、資料棟の中へ入る。資料棟の奥へは専用IDを持つ者か、あるいは研究資格のある者だけしか出入りを許可されていなかったが、キティの助手という名目で顔パスで入る事が出来た。
実際、まだ一塊の研究者としてではあるが、彼女の発表した論文の多くは各界でかなり高い評価を得ていた。
資料棟の奥、古代資材保管庫の地下。真っ白な壁は清潔感が強く、最初はまるで病院のような印象だったが、地下に進むに連れて壁の色に土肌が目立ち始め、まるで地下牢の様に暗い色に沈んでいく。
「檻の中みたいだなあ…」
ふと呟いたローの言葉が、珍しく的を得ていた。
「……ここは特別なの。古代、つまり神々がまだ支配していたとされている時代については、まだまだ考察と推論の域を出ない論文しか無くて、実際には歴史の全容は何一つ解明されていないのよ」
「まあ、神が本当にいるかどうかすら、確かめようが無いからな」
ジルの皮肉を聞き流しながら、キティは階段を灯りで先導しながら降りていく。
「神々の時代、つまり神話と呼ばれる時代には歴史を文面で残そうとする文化が無かったの。だって神は永遠だから、不滅の存在が自分たちの生活を何かに残そうとなんて思わないでしょう?」
果たして、そうだろうか。仮に自分が不死不滅の存在になったとして、不意にでも何かを残したいという考えには至らないだろうか。
ジルは考えながら、神々の思考を自身の思考と重ねている事に気が付いていなかった。「自分がもし神ならば」という心理的な考察ではなく、彼の場合は「神となった自分ならば」という、無意識ながらに大それた考え方だった。
「けど、もしかしたら、その歴史が少しだけ紐解かれるかも知れない」
言いながら、キティは重い扉を開いた。
埃に埋もれた部屋が、古代という言葉にぴったりだった。開いた扉に向けて、風が舞い埃が砂のようにサラサラと音を立てた。
「……古くさい部屋だなあ」
堪らずローが漏らした言葉に、キティは悟られない程度に彼を睨んだ。だがすぐに足を動かして、奥の間へと二人を誘った。
奥の奥、薄暗い闇の底。
入り口の扉より、さらに厳重そうな黒い扉があった。資料保管室というよりは、まるで何かしらの驚異を閉じ込めているような、そんな不安を思わせるような場所だった。
重苦しくグギギと音を立てて、キティが扉を開く。
「さあ……、これが何かわかる?」
キティが照らした闇の中に、それはあった。
「これ…は?宝石……なのか?」
覗き込んだローが、恐る恐る言葉を続けた。
確かにそこにあったのは、何かの宝石のようだった。だが、その宝石は黒く沈んだ光を放っていて、不思議なことに輝いてはいるのに眩さが無いのだ。
「……まさか、空の魔法石か?」
「正解!さすがジル、博識だねえ」
嬉しそうにキティが言った。
「か、からの?なんだそれ?」
「空の魔法石、つまり魔力が込められてはいたんだが、何かの理由でそれが抜けてしまった魔法石なんだ」
「そう。言うなれば、中身を飲んでしまった後のビンみたいなモノね。太古の神々か、あるいは魔法に長けた古代人達は、魔法を宝石に込めて保存していたのよ。そして好きな時に、その宝石を用いて魔法を使っていた」
「……魔法って、そんな牛乳みたいに中に保存したり、出して使ったり出来たのか」
ローは驚きのあまり、信じられないといった表情のまま固まっていた。
「それだけじゃない」
ジルの言葉に振り返ると、ロー以上に険しい顔のまま彼は魔法石を睨んでいた。
「魔法石に魔法を保存出来るなら、魔法は現在扱われているよりも遥かにその自由度が上がる。たとえば物自体に魔法の力を持たせたり、一定の条件下で動くようにあらかじめプログラムを組み込んだり……」
考察を呟きながら、唐突にはっとしてジルはキティを見た。キティは「気付いたね?」と目で言いながら、不敵に微笑んでいた。
「……魔力の無い者に、魔力を持たせたり」

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