悪魔の誘惑

エメラルドの輝きは、魔法の輝き。その碧色の煌めきには、乱反射する光を増幅させて魔力を高める力がある。
エメルはそのエメラルドの結晶が無数に重なり合って出来ていて、その身体に無限の魔力を宿していた。
『ボクにも、悩みがあるんだヨ』
碧色の煌めきの中から、初めて認識出来るモノが現れた。エメルの、おそらくいま形作ったであろう、ヒト型の結晶体。
『ボクは無限の魔力を宿している。だが、実体を持たない。今こうしているように、近付いたモノを魔力で包んで意識の中に呼ぶ事は出来ても、自分ではこの世界樹の根から1ミリだって動く事は叶わないんだヨ』
ジルは黙って話を聞いていた。ヒト型のエメラルド結晶体が彼に手を伸ばしたが、寸前で砂のように砕けて音も無く消え去った。
『だから、ボクは全てを自由に出来る力を持っていても、何処にも自由には行けない』
「……つまり、何が言いたい」
厳しい目付きで、ジルが問い掛けた。だが、既に頭の中では何を提案されるのか、なんとなく察していた。
『……ボクら、似てると思わないカイ?キミは反対に、全てを統べる知識量と何処にでも行ける脚がある。だが、魔力がカケラも与えられていないせいで、何一つ自分では自由に出来ない』
「それは、さすがに飛躍し過ぎだな。知識だけで何とかなるモノもあるし、身体一つあれば乗り越えられる事態だって少なくは無い」
『そうカナ?キミに魔力があれば、きっとあの隊員たちは死ななかったヨ?』
ジルはニヤリと笑い、言い返した。
「それがなんだ?魔力があろうが無かろうが、あれは奴らの失態だ。ボクに魔力があるなら、そもそもこんな森には来ないし、来る用があるなら一人で来ていたさ」
冷たい態度でエメルの言葉を跳ね除け、心が揺るがないように気持ちを確かめる。
『あはは、冷たいネ。なら、面倒な前置きはもう良いや。ハッキリ言おう。ボクをキミに宿してくれないカ?』
来た。とうに予想はしていたが、今の自分には甘過ぎる悪魔の誘惑。
『ボクは世界が見たい。だが、キミの人生を操る事は特にしないし、興味も無い。ボクを宿して無限の魔力を手にしたキミが、どう生きて死ぬか。それを見るのも、また一つ楽しみだしネ』
魔法が、魔力が。ずっと乞い焦がれ続けた力が、こんなに簡単な誘いに乗るだけで手に入る。
ジルは表情には出さないよう努めたが、今まで生きてきた中で一番動揺を覚えていた。
「悪魔の誘惑……か」
『ふふ、言葉のままだよネ』
エメルがわざとらしいくらいに、優しく笑った。だが、今のジルには十分過ぎるくらいに背中を押す理由となった。
「……わかった」
『エ?』
「お前の誘いに乗ってやる。ただし、一つだけ条件がある……。必ずだ、良いか?必ず、誓ってボクの人生を操作しようなんて考えるな。わかったか?」
光の中でもわかるくらいに、エメルの口元が歪んで笑みを見せた。
『もちろんだとも!ボクは、キミの人生がどうなるかが一番見たいんだ。頼まれたって、導いてなんかやらないサ!』
金属がぶつかり合うような音で笑うと、エメルはジルの目の前までやって来た。
『では、始めようカ。無限の魔力を手に、キミとボクの、新しい人生ヲ』

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