否定された《希望》 → 否定する《悪魔》

全能神により世が総べられし時より、創られし理の一つ『魔の力』として生み出されし碧色の宝石。
神の世に恵みと発展を約束する為、その意思を認められる。
だが魔を統べる力に奢り、神の眷属としての使命を忘れ、神の民としての意味を捨て、神の一部である事を拒んだ。
碧色の宝石に宿りし意思、神を殺めんと世の理を捻じ曲げる。
その輝きは法則を破り、規律を変え、理を書き換えるーー

「……で?どうなのよ?」
夕食を食べながら、キティは問い掛けた。
「何が?」
深刻な顔をした二人とは裏腹に、ジル本人は何も気にしていないという表情だった。その返答にキティがさらに眉間に皺を寄せた事で、ジルは口の中の肉を素早く飲み込んで続けた。
「ん、ああ。そうだな、審査だか監査だか、とにかく話の通じなさそうな三人が来て、狭い小部屋で全方位からギャアギャア喚かれたよ。ん?内容?悪いな、喧し過ぎてほとんど何を言われてたか記憶に無いんだ。いや、本当さ。ただ、先生がその五月蝿い連中を抑えて、結論は考えて出すと言ってくださった。だから、大丈夫だよ。大丈夫」
気楽そうに語るジルに終始不安げな二人だったが、ペイジ館長の話が出た事で少し安心感を得られたようだった。
「…だが、とりあえずは結果を待つばかり、か」
「そうね。悪くはないけど、良い方向に決まってくれるかはまだ、わからないわね」
俯き加減に話を続ける二人を、まったく理解出来ないといった目でジルはきょとんと見続けた。
「まあまあ、二人とも固くなるなよ!悪くはならないさ、ペイジ先生が裁定してくださるんだ!」
立ち上がって二人の肩を叩きながら、ジルは笑った。
孤独な少年期、冗談が言えるくらいにまで彼を支えてくれていたのは、他ならぬペイジだった。口に出した事はもちろん無かったが、彼はペイジ館長の事を父親だと思っていた。それは魔力を手にした今も、孤独と迫害に襲われていたあの日も、まったく変わらぬ思いだった。
「ロー、キミの父親は偉大な人物だよ。そしてキミがいなかったら、ボクは今ここにいなかったと思う。ありがとう、ロー」
急にジルは改まって、ローの方を向いて礼を言った。
あまりに真っ直ぐで意外な友人の言葉に、ローは照れて何の返答も浮かべらず苦笑いをした。
「あはは、ボクのクセが移ったか?」
「お、お前が珍しい事言うからだろう!」
そう言って、二人はまるで子供のように互いを小突き合った。
微笑ましい光景を目の前にしながら、キティは言いようの無い不安を感じていた。だが、二人の笑顔に安堵し、気付けば無意識に自分も微笑んでいた。
「さあ!今夜は久しぶりの三人きりの夜だ!もっと楽しもうぜ!」
「ああ!夜はまだこれからだ、ジル!久しぶりに飲み比べだ!」
騒ぎ出した二人の間に入り、キティも叫んだ。
「アタシも!今夜は3バカだ、ハメ外すぞー!」

荒れ狂う魔の嵐が世を乱さぬよう、歴史の外、深き闇の大樹の呪縛に鎮められる。
されど碧色の邪悪なる輝きは止まず、悪魔は死なず、夢を見る。
何百、何千の闇を照らし続け、其の身に再び時が刻まれる日を待ち侘びる。
神の名と、闇の地平を呪いながらーー

「ドンドン!!」
扉を叩く音に、無理矢理夢から現実へと連れ戻された。隣を見ると、ローが半裸でソファに倒れていた。キティは座ったまま、まるで学生のように顔を伏せて眠りに落ちていた。
「ドンドン!開けろ、ジル!」
さらにやかましく扉を叩く音が響いたが、二人が起きる気配は無かった。
仕方なくジルは一人立ち上がり、無言でドアを開いた。
「朝早く、騒音を立てないでいただけますか。客人が寝ているんだ、用件だけ静かにお伝え願いたい」
冷静な口調で、しかしわかりやすく怒りを込めてジルは話した。扉の向こうにいた男は、見てわかるくらいに怒りを顔に表しながら、それに答えた。
「では望み通り手短に、決定事項だけ伝えてやろう。お前の魔力は、我々都市管理部が全て徴収する事となった」
「……なに?」
男の言葉に、ジルは理解が追い付かなかった。
なんだって?魔力を全て徴収?なんだ、コイツは何を言ってるんだ?
突然の通達に思考は定まらず、彼は脳内で必死に別の解釈を探し求めた。
「……それは、今の職ではなく、都市の機能に直接関わるような職務に就けという意味か?」
彼がなんとかして絞り出した《都合の良い解釈》に、男は薄笑いを浮かべながら意地悪そうに返した。
「そんな上手い話、あるわけないだろう。お前の魔力は得体が知れないし、髪の色も気味が悪い。だからせめて、魔石にその魔力を吸い取らせて元の黒髪に戻してやるんだよ。まあ、結果的には都市機能の向上に役立つんだ。嬉しいだろう?」
ジルの髪は、仄かに電気のようなものを纏いながら逆立ち始めていた。だが、微か過ぎる変化に男は気が付かなかった。
「……嘘を吐くな。ペイジ館長が、先生がそんな非道な結論を下すはずがない…。その案を出した奴はどこのどいつだ、直接先生と乗り込んで話をわからせてやる……!」
怒りに激るジルを小馬鹿にするように、男は低く嗤い出した。その様子がジルの理性の最終地点を突破し、彼はとうとう声を荒げた。
「何が可笑しい!気味の悪い笑い声を出している暇があったら、先生にこの話を伝えに行け!!」
あまりに激しい怒声に、眠っていた二人も目を覚ましてこちらを見た。
「ふはははは……!これが笑わずにいられるかよ。ああ、良い事を教えてやるよ。結論を出したのも、決定を降したのも、お前の大好きなペイジ先生なんだよ!危険な魔力を持った、悪魔に魅入られた者を都市には置いておけない。だから、迅速に対応して悪魔を追い出すべきなんだとよ!あはははは!!」
その言葉は、部屋にいた三人全員に突き刺さった。
信じられないし、信じたくない。
あの優しく温情に溢れ、ジルの父親とも言えるはずの存在であるペイジ館長が、そんな非情な決断を降すなんて。
ローには優しい父親として、キティには尊敬する上司として、そしてジルにとっては唯一無二の育ての親だったはずなのに。全員が表情を無くし、男の言葉を全身で否定したかった。
だが、事態は最悪のシナリオへと向かい始めてしまった。
「そんなはずは無い」
三人の気持ちは、完全に一致していた。だが最初に言い出すのは誰か、そんな事を考えるよりもさらに早く、碧色の眩い閃光が男の身体を貫いた。
男の身体が崩れ落ちるよりも、二人がそれに反応するよりも早く、ジルは姿を消していた。
最悪の時が始まり、災厄の幕は開かれた。
碧色の眩い閃光は光の矢の如く、都市の中を大聖堂に向けて走って行った。

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